大木裕之
1964年東京生まれ。東京都、高知県在住。大木裕之は、映像というメディアを通して、「思考すること」を真摯に探求し続けることにより、我々の生きているこの世界を捉え、肯定し、また更新することができる稀有な作家である。大木は東 […]
2019.11.13 [水] - 2019.11.24 [日]
12:00-21:00 定休:月、火 入場料:¥400(セレクト・ティー付き)
主催:Art Center Ongoing
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11月16日(土)19:00~
オープニング・パーティー
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11月23日(土)19:00~
トークイベント
ゲスト:鈴木光(映像作家)
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11月24日(日)15:00~
Pre Ongoing School
大木裕之を見たことはあるか? それはこの国でアートに関わる上でとても大きな問題だと思う。 たしかOngoingをオープンしてすぐだったと思うから、もう10年以上も前のこと。ぴったりとした黒のスパッツを履き、スポーツメーカのショルダーバックを肩にかけ、スラリと体格の良い、目のギラギラした男が、Ongoingの1階のカフェにニヤニヤしながら突然座っていた。目があうと「どうも」と挨拶をしてきて、「こいつは絶対にヤバイ」と瞬時に察したけれど、その優しい笑みから敵意がないのはわかった。ただし、その赤ら顔から酔っ払っていることは一目瞭然で、こともあろうことか、しばらくすると床に横になり、いびきを立てて寝はじめたのである。絶句したけれど、気持ちよさそうに眠るその様子から、すぐに起こす気にはなれなかった。それが、僕がはじめて大木さんを見た時のこと。 それ以降、大木さんはちょくちょくOngoingに足を運んでくれるようになった。毎回必ず酔っ払っているけれど、人懐っこい笑みを浮かべて「どうも」と挨拶してくれる。たまたまその場にいたアーティストやお客さん、インターンスタッフにも優しく話しかけてくれて、みんな、はじめはギョッとするけれど、すぐに大木さんを好きになってしまうのだ。子供から大人まで例外なく。それは、誰にでも変わらない大木さんの優しさからなのだろう。大木さんの持つ本質的な優しさが出会う人々の心を開くのだ。 大木さんは神出鬼没だ。彼を知る人は、みな納得するだろうけれど、「あらどうも」と突然話しかけられる。美術館やギャラリーなどのアートの現場はもちろんのこと、道端なんかでもばったりと出会う。「今日、大木さんとたまたま道で会いましたよ」なんて話は日常茶飯事。それは東京だけでなく地方なんかでも起きる怪現象である。でも神か鬼というよりかは、妖精に近い気がする。そこかしこに突如として現れる優しい妖精。 本人の存在が大きすぎて作品の話を全く書いてなかった。大木さんはいつもビデオカメラを持ち歩いている。様々な場所に突如として現れては、その場の状況を切り取っていく。切り取られた映像は、次々と繋ぎ合わされ、1本の映像作品が完成する。1シーンは1シーンは驚くほどに短く、編集の意図を感じ取るのは容易ではないけれど、最終的に出来上がる作品にはリズムとメロディー、そして感情が詰まっていて、見る者の心を揺さぶる。それはロゴスではなく詩的な感動。大木さんは現代における吟遊詩人でもあるのだ。 神出鬼没で、たまたま出会った日常を切り取り、上質の詩=映像作品を生み出す優しい妖精。僕はそんな大木さんを見るたびに、心から敬服すると同時に、いつも安心してしまう。この人がいる間はまだこの国も大丈夫だと。 だからもしあなたが大木裕之をまだ見たことがないのだとしたら、それはかなりまずいことだと思う。なぜなら大木さんこそが、現代において絶滅危惧種となってしまった本物の「アーティスト」なのだから。 (Art Center Ongoing 小川希)
1964年東京生まれ。東京都、高知県在住。大木裕之は、映像というメディアを通して、「思考すること」を真摯に探求し続けることにより、我々の生きているこの世界を捉え、肯定し、また更新することができる稀有な作家である。大木は東 […]