たこ(飯川恭子・アートコーディネーター)
窓からは海が見える。たまに汽笛が聞こえて大型フェリーや遊覧船が通り、海の反対側には六甲山系が見える。住まいは周辺に何もない人工の島だけど、近所に散歩へ出かけると風がそよぎ、海と山を見渡しながら「自然に勝るものはないなぁ」といつも感嘆している。神戸へ越してから3年が経つ。
昔から「仕事=好きなもの」だった私にとって、好きなものが変わると仕事も次々と変わった。でも、現代美術に出会い、思い起こせば今では文化芸術に関わる仕事に携わってることが一番長い。それって好きが続いているってことでもある。だけどそれより「自分の居場所をようやく見つけた!」という感覚、何かピースがぴったりはまったような、自分のやるべきことを見つけた思いがあったからだ。そのようやく見つけた自分のやるべきことが、Art Center Ongoing小川さんとの仕事だった。だから「小川さんをようやく見つけた!」これが正しいのかも。
Ongoingに出入りしてる人はみんな仲が良くて、社交的でもない私には最初行くのが怖かった。しかもひとりで初めて訪ねた時、小川さんは仕事のオープニングが小金井とOngoingとあちこちあったらしく、前半はいい感じでかなり酔っぱらっていて、私が帰ろうとすると引き止め、私も朝までコースと腹をくくってたのしんでいたのに、終盤は小川さんがある出来事で怒って終電もない時間にみんな閉め出された。この時、井出賢嗣さんや松原壮志朗さんに初めて会ったのだけど、一緒に巻き添えになったのだった。松原さんはどう見てもクマみたいな服を着ていた。恐るべしOngoing。
東日本大震災のすぐ後、Ongoingで都築響一さん(編集者・写真家)がゲストのトークイベントがあった。どこもイベントを中止にしていたので来ている人も少なかった。ニュースの慌ただしい時期だったけれど、私はなんとなく外に出たくて行った気がする。話もよく覚えていないが、コンサル的なこともしていた都築さんがOngoingへのアドバイスとして、「魚拓とか貼って釣りカフェにしたらいい」と言ったことは覚えている。小川さんが釣りキチだからである。私はそれを聞いた時「うんうんそれはいい」と半ば本気で賛成していた。なんだか少し明るい雰囲気がOngoingにはあって、穏やかな気持ちで家に帰ったのだった。
Ongoingにはすごいゲストがやってくる。小川さん曰く、「予定さえ合えば100%OKもらえる手紙」という自作のものすごい文章があるのだ。それを書けばとにかくOKしてくれるらしい。私の知る中ですごいと思ったのは、政治家の菅直人さん。そしてイラストレーター・映画監督の和田誠さん。名だたる方々がゲストでOngoingに現れる度に、例の手紙の効力恐るべしと思うようになった。でも、菅直人さんも和田誠さんも話を聞いていたらなんだか優しさに満ちていて、これはイカツイ人に声を掛けてないからじゃないか?とも思ったけれど。
Ongoingのレジデンスが始まる前、小川さんはレジデンスをずっとやりたかったと夢のように語っていた。だから、当初レジデンスの管理人としてお願いしてた人がNGになった時、私は実家を出なければならないと小川さんに伝え、実家には事務所を兼ねて借りて住むと言った。そしてついに私は実家を出て、アーティストと二人暮らしの管理人となった。これがまさかの神戸行きの幸せの切符となったのだった。Ongoingからレジデンスの家までの夏夜の帰り道、月明かりの下にその名の通り月見草が狭い空き地にめいっぱい咲いていてきれいだった。でも次の日根元からバッサリと刈り取られていたっけ。
Ongoingを通じて出会った人たち、のみにけーしょん!、吉祥寺で夜見た月見草、今日も窓から眺めた海と山からの気持ちいい風、どれもこれもみんなOngoing 小川さんから今の私になる歴史がはじまった。そんな小さな歴史の中で私が何より学んだことは、小川さんの姿勢や指針である。たまにぶち切れることもあったけれど、作家や作品への愛情、信頼関係は揺るがないものだった。一緒に働く人にも、「苦しくならないようにたのしんで、自分がたのしくなければ観る人も展示も面白いものにならないから」と話した名言はよく覚えている。続けるための一番シンプルな秘訣は関わる人みんながたのしむこと。10周年を迎えるOngoingは大変なことも山盛り抱えてきたけれど、小川さんがたのしみながら愛情を注いできたからこその継続と、かけがえのない歴史がいっぱいに詰まっているのがひしひしと伝わってくる。そして、小川さんはもう一人ではなく、私のように派生して小川さんの考え方を持っていろんなところで仕事をしたり、作品と向き合っている人が世界各地にたくさん存在している。だから、小川さんが前を向いて進んでいく限りOngoingの歴史は末広がりに続いていくと思うし、どこにいてもOngoing小川さんと共に私もずっと歩んでいく。小川さん、10年間歩んできた道に間違いはありません。