Art Center Ongoing

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アートセンターとコレクティブ

森司(アーツカウンシル東京 東京アートポイント計画 ディレクター)

東京都の西側、杉並区に隣接する武蔵野市吉祥寺には、JR新宿駅から20分ほどで着く。駅から徒歩15分ほどの所にArt Center Ongoingはある。公設公営の施設ではない。戸建て二階賃貸物件をセルフビルドしたインディペンデントの複合文化施設だ。それ故に決して大きくはない。だがこの場所は、若手表現者達には、アジールな場所として大きな意味を持つ。そればかりか、設立から10 年を経た今、オルタナティブなスペースを主宰する国内外の関係者やアーティストには広く知られ、信頼が寄せられる。世界から見える日本のアートセンターとして、吉祥寺のこの場Ongoingは、記憶される重要な場となった。
主宰者の小川希の存在を知ったのは設立1年目のタイミングだった。地元に育ち地元を舞台に、小川が見初めた若手作家に場所を無償提供し、小川がテキストを書く。そんな気鋭ディレクターとして紹介されて訪ねた。街中で展開する東京都の新しい事業を展開できる人物を私は求めていた。
小川は2006年までの5年間、都内の学校や商店街に場所を借り≪Ongoing≫の名の下、1970年代生まれのこれからの若手作家を公募し、自治的運営手法を採用し、奇蹟的にも場所や規模を変えて開催を続けた。5年間の≪Ongoing≫の開催で出会った作家たちとの関係は、ギャラリーとカフェとライブラリーのあるArt Center Ongoingの誕生と存続に寄与をする。
この5年間の大学院時代の奨学金を貯め続け、改修費に充て、補助金に頼ることなくArt Center Ongoingを開設した。そう聞かされ、その常人で無い実行力に私は痺れた。熱量の高い現場を共にした者達が、強く魅了されたとしても無理はない。自分にはできそうにないことを軽やかにしてみせる小川はヒーローであり、頼れるリーダーとなった。小川の強い想いとその為の準備の時間は、Art Center Ongoingという場を実現させただけでなく、作家間のネットワーク構築を推進し、世界と繋がる扉を開かせた。そのことを彷彿とさせるエピソードに事欠くことはない。
10周年の当日となる2018年1月26日。10周年記念本のためのクラウドファンディングは残り3日を待たず希望金額を達成した。単なる偶然ではなく、Art Center Ongoingが10年間継続したことを喜ぶ共感者からのお祝いのプレゼントだ。
もっとも素敵な事例は、2016年春の3ヵ月のサバティカルの実現だろう。仲間のアーティスト達とスタッフに運営を託し、国際交流基金アジアセンターのフェローシップとして東南アジア9カ国、83カ所のアートスペースを巡る旅に出た。経営に不慣れな作家達は赤字を増やし続けたようだけど留守を守った。訪ねた先の紹介で次の施設を訪問するリレー方式でアジアの仲間に出会った記録は、日英表記の「東南アジアリサーチ紀行」本としてまとめられ、紀行の風景とネットワークの情報を共有する。本が醸し出す雰囲気のためか、熱量のためか、情報量のためか、本を手に取ったアート関係者は、小川希に興味を示す。本が海外招聘の決め手となったこともある。書籍化の手伝いをした身としては嬉しい。
東南アジアから小川が持って帰ったネットワークは、社会関係資本として、レジデンスプログラムや国際交流展において今後活用されていくことだろう。エネルギーを充電した静かな革命家、アクティビストとしての小川は、早くも2016年夏、≪Ongoing Collective≫を結成した。2017年開催の奥能登国際芸術祭にOngoing Collectiveは招聘された。一人の活動ではなく、チームとしての活動の宣言は、新しい運営概念の導入でもあった。しかし、コレクティブこそが、小川本来のありようなのだ。
「東京アートポイント計画」として街場での事業展開をするディレクターとしてArt Center Ongoingに訪ね、プロジェクトへの参画をお願いした。現在の「TERATOTERA」事業を設計するタイミングで、前夜祭的お披露目と挨拶を兼ねたキックオフ会には、予定の人数を超えた130人もの大人が井の頭公園脇の建替え前の「いせや」に集った。今になってその理由がわかる。熱気に溢れかえったあの場所は、小川希流コレクティブの実践であって、塩梅のいいネットワークのあり方のイメージが既にあったからこそ実現できたのだと。小川はアジアを旅して、自分の振る舞いを語るにふさわしいしっくりくる言葉として「コレクティブ」を理解して持ち帰った。
「コレクティブ」の可能性を1980年生まれのアート・アクティビズム研究で写真家の江上賢一郎は次のように記す。『コレクティブの実践は、単に個別の文化的、社会的なプロジェクトに留まるものでない。それは断片化された社会のなかで、再び寄り集まる場をつくり出すことであり、また孤立させられた個々の時間を分かち合い、多様で豊かな複数の生の時間を、他者と共有しつつ生きていく試みなのだ。』(「ART BRIDGE」04号特集コレクティブ・アジア。「余白の時間を共有すること」より) 小川は≪Ongoing≫活動を始めた2002年から面々と関係を構築し、事を起こして来た。その信頼は大きなものとして育った。かつてヨーロッパでアートセンターというスペースと出会ったように、アジアでのコレクティブな現場を目撃する。時代の変遷を見据え、持続的に活動を展開するチャレンジをし続けることは楽しくとも大変なことの連続なことは容易に想像がつく。しかし多くの仲間との協働をイメージする今からの次の10年でどこまで駆け抜けていくのか、期待の方が勝り楽しみはつきない。Art Center Ongoingがハブとして存在することの重要性は増すばかりだ。だからこそ「10周年は通過点だぞ」と、自戒も込めて言い放ってお祝いの言葉とする。