Art Center Ongoing

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子供ような純真さと、
謎の欲望が滲み出た輝く瞳

千葉正也(アーティスト)

2006年に作品を発表し始めた頃から、小川くんと和田(昌宏)ちゃんと知り合って、それからずっとオンゴーイング(Art Center Ongoing)と併走してきた。俺はコマーシャルギャラリーか、美術館で作品を発表するのが中心で、彼らはもっとゲリラ戦というか雑な、ストリート的な、泥臭い現場に居た様な印象があった。時々オンゴーイングでのイベントに呼ばれ盛り上げ役をやったり、パフォーマンスをやったりしたが、やはり少しズレた隣から眩しい横顔を覗いているという感じがまだある。
アーティストにとって一番致命的なのは、アートが愛せなくなってしまう事だ。どんな事があってそうなるのか、俺の見た事を書くとグロいだけの作文になって、ここには相応しくないのでやめておく。ただアーティストの無謀な意思を冷たいものに変えてしまう諸々の事情や、言説、あとはその逆の考えないという事、それらが俺の、アーティストにとっての敵なんだと思う。
オンゴーイングの人達には何でなのか、そういうものを跳ね返す独特なパワーがあって、それに少なからぬ元気の様なものを貰っているという点でとても感謝している。酒と太陽と労働と疲れによって、一様に浅黒い彼らの顔の中心には、いつも子供ような純真さと、謎の欲望が滲み出た輝く瞳があって、滑稽だが頼り甲斐があって、だがそれに自分の体重を預けるにはあまりに狂気じみて馬鹿げた意思に漲っている。
その馬鹿馬鹿しさのなんと優しい事だろう。この10年ちょい、彼らが作ってきた作品群は実際凄かったので、美術史の中なのか何処かで決定的に結実する日が来ると俺は信じている。
今年から多摩美術大学の非常勤講師をやっているのだが、そこで油画科の2年生にどういう作品を作っていきたいのかと質問したら彼女はこう答えた。「私はハイアートはあんまり好きじゃなくって、、もっとアートじゃ無いみたいなのがやりたくて……、汚いっていうか、アジア?、ギャグみたいな、違うな、なんて言えば良いんだろ、、先生は奥多摩美術館って知ってますか?そこで見た展示が凄くて、なんかその人達、吉祥寺でもやってるらしくて……」俺はその前日、奥能登に彼らと制作の下見に行っていたので、(山本)篤くん、柴田(祐輔)くん、小鷹(拓郎)くんの名前を出すと、その子は目を輝かせ「スゴイ」と言った。その事を小川くんに電話で話すと小川くんは爆笑していた。