Art Center Ongoing

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熱量

鷺山啓輔(アーティスト)

台風一過の晴天。脳天のはるか上空をジャンボジェットが一機、過ぎていく。地上から見るとちっぽけなそのシルエットは、おしりから白くてまっすぐな線をひきながら進んでいく。機内にはそれぞれの目的、理由、事情のある人々が詰まっていて、帰るのか? 何処かへ行くのか? どちらにせよ、えらい速さで移動しているわけだが、大地からみるとのんびりふわりと浮いている。10年。120ヵ月。3653日。長いのか、短いのか、密なのか?あっという間で、かなたのような日々を思い起こす。
10年前の恋人は、妻となり、娘が産まれて母となった。壁に刻まれた無数の落書きに子供の合唱。幾重の波に削られた海辺の理想郷と御神体。妻の実家から発掘した記録から編んだ幸福な記憶。娘が生まれて父として改めて抱いた死生観について。振り返ると、Art Center Ongoingでの個展ごとに自分を取り巻く境遇の変化が見事に反映されている。穴、洞、窟、壕、こんなに「あな」ばかりいつも撮り集めてくる偏屈な作家に4度も個展をさせてくれるスペースは他にない。実にありがたい。2011年3月。震災直後に個展の搬入をむかえることになった。アートに何ができるのか?と考える余裕もなく、思考停止に陥りそうな頭を抱えて、なんとか想像力を膨らませて、そもそも何で展示するのか? 何をしているのだろうか? 小川くんとどうするべきか相談したのを覚えている。交わした言葉は少なかったけれど、「とりあえずやれることやるしかないやね」とヘルメットをかぶり設営に入った。余震が続き、信号は消え、電車は止まり、停電と放射能の不安の中、会期は続く。何とか辿り着いてくれた作家、友人、お客さん達は、そのとき何をしていたか?について少し興奮気味に語り合い帰路に着くのが大半だったと記憶している。そのとき海の映像を扱っていたこと、映像のみえ方が根底から変わってしまったことは、僕にとって小さくない傷となった。
Ongoingは、行くというよりは帰る場所のような気がする。たくさんの風変わりな人々が出入りしている。同時にそこから色々な表現が生まれて世の中に放たれていく。月日を重ねる毎にコアな集まりが出来上がっていって、入り難い空気も醸し出しているけど、扉はいつも開けっ放し。やりたいことをやる、それについてとことん話し、またやる、形になってきたら丁寧に言葉にも残して、輪を、理解をひろげていく。傍目にはキワモノとしてうつる時期もあったようだけど、アートに対していつも誠実で自由な姿勢を保っている。その芳しい匂いを嗅ぎつけて、何かを眼の奥に輝かせた輩がまた芋づる式に集まってくる。人が集まると夢や希望だけでなく、現実的で社会や生活に密着した問題も浮かび上がってくる。小さなものから大きなものまで受け付けてくれる表現者のお悩み相談室。刺激的な作品に、安くて美味しい酒と肴の力もあって、何かが解決したような気になれる。あくまでその気になれるだけ。それでも、僕自身ゆっくりと恢復して、制作を再開することが出来た。
それにしても、名前は偉大だ。子供に名前を付けるときは、一生を夢想して命名するわけだけれども、「Ongoing」という名はこれまた絶妙。ゴールがなくて、いつも前へ。Ongoingがまだ展覧会単位で動く組織だった頃、「Jetée」なる勉強会が開かれていた。フランス語で「桟橋」、クリス・マルケル(映像作家)も真っ青のキザなネーミング。盛り上がりに欠けて自然消滅してしまったけど、興味のある作品、作家、事柄を大切に持ちよって、話し合う機会は心地良かった。今も昔も変わらない姿のひとつだなぁと思い出した。10年は重い。小川くんとは10代の終わりに出会い、付かず離れずの関係が続いている。僕らの大学時代の恩師である森田〓先生に作家になるにはどうすれば良いのか?と聞いたことがある。「10年同じものを撮りなさい」。今ならその意図するところが漸く掴める気がする。つまるところ、Ongoingは小川くんの人間的な吸引力に端を発する。その限界に気づきながらも、身を粉にして企画・運営を継続し、幅を拡げてきた。本当によく潰れなかった。カール・ドライヤー(映画監督)の『奇跡』のごとく信仰に近いエナジーと異様さを感じずにはいられない。拡大ではなく多様性を、もう少しゆるやかで代替・持続可能な動きを求めて、Ongoing Collectiveが立ち上がった。まだ、ヨチヨチ歩きだけれども、この先果たして時の翼にのれるのか?
小川くんは尊敬できる友だ。因みに僕はOngoing友の会、会員No.001を所持している。家族に迷惑かけることなく会費を払えるだけは稼ごうと心に決めている。財布に忍ばせ、ふいにじっと眺めたりする。人生も半ばに至っての実感、何かを選ぶと何かを捨てることになる。幾重の残骸の上に、今があることを心に刻み、僕は作家として日々を励みたい。オリジンな映像表現を目指して。そう思わせてくれる場所で、人の繋がりがあって、熱があるのがOngoingだ。