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匿名の女性たちー私は当事者ではない

匿名の⼥性1、匿名の⼥性2、匿名の⼥性3、匿名の⼥性4、匿名の⼥性5、 匿名の⼥性6、匿名の⼥性7、匿名の⼥性8、匿名の⼥性9

2022.06.16[木]-2022.06.26[日]
平⽇14:00-21:00、⼟、日曜⽇12:00-21:00(最終⽇26日 12:00-18:00)

https://anonymouswomen2022.com/

2021年2⽉1⽇のミャンマーで国軍のクーデターにより、ミャンマー国内の状況は⼀変しました。⺠衆による平和的なデモは軍隊による暴⼒によって弾圧され、⼦どもや⼥性を含む数多くの犠牲者が出ています。本展覧会では、険しい⺠主化の道程を⽰すべく現在も活動
を継続させている表現者たちの中から「⼥性」のミャンマー⼈アーティスト9名を「匿名」で紹介します。表現の⾃由、そして「匿名性」について、「当事者」として考える機会を設けることで、⽇本国内における議論を活性化させ、ミャンマー⺠主化への⼀助となることができれば幸いです。

【パフォーマンスアート公演】
6⽉16⽇(⽊)19:00〜 匿名の⼥性2によるパフォーマンス、その後オープニングパーティー(ワンドリンクと食事付き)
6月23⽇(⽊)19:00〜 前⽥穣によるパフォーマンス
6月24⽇(金)19:00〜 村⽥峰紀によるパフォーマンス
⼊場料:1000円(展覧会⼊場料、ワンドリンク込み。会期中共通券をお持ちの⽅は600円)

【関連作品展⽰】five minutes
⽇本、ウルグアイ、タイ、ベルギー、インド、シンガポール、フィリピン、バングラデシュ、ベトナム、韓国、ドイツを拠点とする⼥性アーティストによる「匿名性」をテーマに制作されたビデオ作品を展覧会場内にて紹介します。
出品作家:アナ・アリスティムニョ・オリビエラ、アオー・ノパワン、ベアトリス・ディディエー、ディンプル・B・シャー、イヴ・タン、ジェシカ・タント、住吉⼭実⾥&タム・ファム、ネリサ・デル・カルメン・グアヴェラ、ノエル・ランゴン、プリーマ・ナジア・アンデリーブ、クイン・ラム、ラケル・デ・ロヨラ、⼭岡さ希⼦、スネザナ・ゴルヴォヴィッチ、ヨンジョン

ミャンマーにおける表現の不⾃由
本事業は、現状の困難な状況下における個々のアーティストの表現活動のあり⽅を検証することで、ミャンマーの⼥性像に着⽬しながら、ミャンマー(広くはアジア各国)における表現の⾃由を捉え直す。また、⽇本国内のジェンダーアンバランスについても⾔及し、⽇本とミャンマーにおける「当事者」としての「共通の課題」について合議の回路を開くことを試みる。本事業はこれらの問いを、滞在制作+インタビュー、展覧会開催、オンライン+会場での関連プロジェクト開催を出発点として、議論を深めながら、諸分野に拡張するものである。
ミャンマーにおける現代美術は、1980年代の⺠主化運動や2010年代の軍事政権後の数年間の間に、幅広い世代間で爆発的な広がりを⾒せた。しかしながら、2021年2⽉1⽇の国軍によるクーデターにより、⺠主化の中⼼にいたアウンサンスーチー国家顧問らの⺠主的に選出された国家リーダーは拘束され、その後に湧き上がったSpring Revolution「春の⾰命」、または、CDM(Civil Disobedience Movement)「市⺠不服従運動」と呼ばれる動きに対して、国軍が武⼒⾏使し、妊婦や⼦どもを含む⼤勢の市⺠の命が奪われる事態に発展している。平和的な市⺠の抗議デモに対しての国軍の⾏為は許されるべくものではない、とする平和的な抗議は、アーティストを含む表現者たちが不当な拘束や拷問、殺害されるまでの事態となっている。ミャンマー国内での表現活動は厳しく締め付けられ、詩⼈、俳優、映画監督、アーティストの多くが弾圧されている。⾃由な表現発表の場や制作の⾏き場が無くなってしまったアーティストたちは、どこへ向かえばいいのだろう。

プロジェクトの始まり
本プロジェクトは3年ほど前から、匿名の⼥性たち- 私は当事者ではないというタイトルの展覧会としてミャンマー国内での開催を⽬指して計画されていた。Zoomを活⽤した定期的な個⼈・グループ討論を通じて、制作に向けたリサーチ、共同作業をする「当事者」コミュニティや個⼈との対話の繰り返しのプロセスを進めてきた。
「Anonymous(匿名性を持った)Women(⼥性たち)」とは、アーティストである彼⼥達⾃⾝であり、被写体となるミャンマーの⼥性たちである。被写体としての⼥性像は、他者としてのアーティストの主観により成⽴する。故に、被写体の個性がより鮮明なほどに抽象化し、「被写体の彼⼥達⾃⾝が知る本⼈像と異なる様」が明らかになるという修辞的なジレンマとなる。それでは、彼⼥たちが⾃分⾃⾝を被写体とした場合はどうだろうか。その場合には被写体としてもアーティストとしても当事者であるが、その⼆⼈の当事者は同⼀⼈物⾜り得るのであろうか。本事業では、彼⼥たちは描かれる側の客体・被写体であると同時に被写体を描きあぶり出す側の主体・当事者でもある。
ここで、『Anonymous Women(匿名の⼥性たち)』という冠を設けることで、主体と客体は反転、または不明瞭となり、他者の参加を可能とする。この時、「私は当事者ではない。」と⾔っているのは誰だろう。

ミャンマーにおける匿名性の意味合い
2022年2⽉1⽇の国軍によるクーデターにより、本プロジェクトは根本から⾒直しを迫られた。ミャンマー国内での展覧会開催は絶望的となり、本事業参加のアーティストたちにとって、特にミャンマー国内での⽇常の表現活動の継続は⾝の危険と隣り合わせの極めて厳しい状況にある。「匿名」という⾔葉の意味は変容し、とても重くのしかかる。この状況に活路を⾒出すためには、世界的な世論の形成と継続的なミャンマーへの⽀援が不可⽋であると⾔えるだろう。本事業では、彼⼥たち「匿名の⼥性たち」本⼈の貴重な⽣の声に⽿を傾け、表現活動の継続をサポートすることを主な⽬的とし、⽇本国内からでも「私も当事者である。」というスタンスに⾄るにはどうしたら良いのか、複数層のネットワークを形成しつつ考えていきたい。
この貴重な機会に是⾮お運びいただき、広くミャンマーの現状を知っていただけると幸いである。

キュラトリアルノート

自分のアイデンティティを表現することが禁じられたとき、 どのように物事を伝えることができるだろうか。
この問いは空想のものだが、この状況は現実に起こったことだ。ミャンマーの歴史の中には「匿名」や「作者不明」という言葉では表現しきれないアイデンティティが存在してきたが、2021年2月の軍部によるクーデターが、匿名の中で学び、生き延びる第三の世代を生み出した。これが今、この2022年にミャンマーで起こっていることだ。ミャンマーの人口のうち半数以上は女性で、多くの女性がこのクーデターに反対する革命に積極的に関わっている。抗議運動の中で最初に撃たれたのも女性(ミャ・スウェト・スウェト・カイング)だった。抗議運動は市民的不服従運動(CDM)へと繋がっていった(多くの者が後に逮捕され、拷問によって殺された)。苦難の時だった。私たちの仲間のひとりは彼女の「作品」と「作家名」を隠すことで拷問による死から逃れることができた。私たちはまだ生き延びるために匿名でいる必要がある。できることをやっていく。そうしたいと思っている。あなたには、私たちが誰なのか知ることなく、私たちの言葉を読み、私たちに耳を傾けてほしい。自分については明かせなくとも、伝えたいことがたくさんある。勇敢さというものをあなたに伝えることができて、嬉しい。
「ロンジ」は、政治的に重要な意味を持っている。「会話」はお互いを凶器のように傷つけている。女性のシンボルは、国の復興に力を尽くす多数の女性たちの功績を称えている。匿名のアーティストたちの作品の中にも、同じものを見ることができる。人の生と死、そしてQRコードの関係性。この展示が伝えることは自分たちの肩に国を背負うという責任だ。私たちは常にそうしてきたし、その重みに圧倒される。匿名のアーティストであっても。常に恐怖とともに過ごさなければいけないことを心配していたし、それ自体を恐れてもいた。日々の暮らしとともに恐怖がある。抗議活動に参加するものを殺せと言われ、詩人や路上の写真家は拷問によって殺され、映画監督は逮捕され、人々は生きたまま焼かれ、村々は火をかけられる。それが昨日のこと。今日のこと。独裁政権が生まれてから16ヶ月、新型コロナウィルスの流行とクーデターによって何千もの命が失われた。みな自分の愛する者を失うことを恐れている。ミャンマーの人々は、ただ笑う自由、幸せに暮らす自由を自らの内に閉じ込めたままだ。
私たちが逃げ、隠れていなければいけなかったとき、ミャンマーの人々は自分たちがつくりだすアートからも離れなければいけなかった。伝えなければいけないことが、血のように体中をめぐっている。私たちは匿名で、名前を知られたくない存在だ。それでも今持っているもので、自分自身の手で、声をあげる。世界でもトップクラスのハッカーグループ「アノニマス(匿名)」が戦争を止めようと動き出したときに、正義と想いをもった匿名性の強さ、ということに感動にも似た気持ちを抱かなかっただろうか。匿名のハッカーたちが一刻も早く争いをやめるべきだと、ロシア軍のウェブサイトで訴えた。匿名という概念は、犯罪とばかり結び付けられてきたが、その状況も、大きく変わりつつある。
匿名の女性0(共同キュレイター)

本事業は、公益財団法⼈ポーラ美術振興財団による助成を受けています。