Art Center Ongoing

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2026.04.16“未来進行形 2026”
学生限定!!
Art Center Ongoingを舞台とした展示企画募集

東京・吉祥寺にあります芸術複合施設 Art Center Ongoingでは、この夏、企画展公募「未来進行形2026」を開催します。唯一の応募条件は企画者及び参加作家が全員学生であること。
個展でもグループ展でも、Art Center Ongoingを舞台とした展示企画であればどんなものでもOKです。選出された企画には制作補助資金として10万円を提供します。
下記の募集要項をお読みの上、奮ってご応募ください!

<「未来進行形2026」募集要項>

募集内容:
Art Center Ongoingを舞台とした展示企画

応募条件:
企画者及び参加作家が全員学生であること ※個展、グループ展は問いませんが、一人の応募者から複数の企画を応募することはできません。

募集期間:
2026年5月1日(金)〜2026年6月30日(火) 必着

制作補助資金:
10万円

展示期間:
2026年8月5日(水)〜8月16日(日) ※搬入期間:8月3日(月)、8月4日(火)

展示会場:
Art Center Ongoing (〒180-0002東京都武蔵野市吉祥寺東町1-8-7 ※井の頭線、吉祥寺駅北口より徒歩10分)

ギャラリー図面

応募料:
無料

応募方法:
以下の応募フォームより、
応募者情報、A3サイズの1枚にまとめた展示企画書(10MB以下のPDFファイル)、過去の活動がわかる資料(10MB以下のPDFファイル)をアップロードしてください。※googleのアカウントが必要です。

応募締め切り:
2026年6月30日(火)(必着)

審査員:
青木野枝(彫刻家、版画家)
飯川雄大(美術家)
手塚美楽(歌人、アーティスト)
Aokid(ダンサー、アーティスト)


結果連絡:
2026年7月8(水)までにメールにてご連絡します。

本件に関するお問い合わせ先:
info@ongoing.jp


審査員総評

青木野枝
大切なことは、選ばれたかそうでないかではない。
あなたが、企画を提出するために考えて想像したことが重要だと思います。
ある意味ではもう頭の中にその場は立っている。
だから、そこからどうしていくか、次を考えてつくること。
この世界情勢で、次が必ずあるとは言えない。
だからこそ、次に向けて考えてつくることが大切だと思います。

飯川雄大
みんな、優しさが足りないです。見にくい書類が本当に多くて、審査は地獄の時間でした。もっと嫌なことを書きたいところですが、やめときます。今すぐこの本を買って読んでください。文字も大きくて、すぐ読めます。『ノンデザイナーズ・デザインブック』(ロビン・ウィリアムズ著)。第四版までありますが、古い版でも十分です。Amazonでもメルカリでも買えます。似たような本はたくさんあるけど、まずはこれがおすすめです。デザインのセンス0の人。自分はできると思っている人。自分は作家だから関係ないと思っている人。大切なことが書かれています。僕も学生のときに教えてもらって読みました。もし全然、役に立たなかったら買い取りますので連絡ください(インスタグラムやってます!@takehiro_bau)。
プランについては、採択されたかどうかは気にしなくていいです。自分が一番やりたいこと、一番見てみたい企画を本気で書けた人は大丈夫。ぼんやりしたまま提出してしまった人は、この機会に見直して、もう一度考えてみてください。コンペの結果に関係なく、自分の中から出てきたものを大切にして、時々誰かに聞いてもらったり、どうにか形にして、たくさんの人に届けるところまで、ぜひやり切りましょう。

手塚美楽
今回、オンゴーイングの公募の審査員になりました手塚美楽です。錚々たる審査員の方が私以外にお三方いらっしゃるので、自分の話は「公募に落ちたり受かったりしている元美大生」の話として、聞いていただけたら幸いです。
私の審査基準は4つあり、以下です。
①展覧会タイトルは適切か
「正直、いつも、言葉でどのくらい説明していいのかわからない。言葉そのものが作品になることもあるし、言葉が作品を説明しすぎてしまうこともあるかもしれない。トレスの作品は全部が《Untitled》だけどそれで十分だというのは言われなくてもわかるだろう。こないだ韓国で、ダミアンハーストの展示を見てきた。ダミアンはデニムシャツの作品を《Self Portrait》というタイトルにしていた。“denim shirt”のアナグラムが“Damien Hirst”だから、らしい。美術みたいなものに限らず、映画にも、ドラマにも、本にも、何にでもタイトルはついていて、タイトルはスローガンでもあるし、要約でもあるし飛躍でもあるし、哲学でもある。」みたいな話をされた後に、自分の展覧会タイトルを読み返して、なんかこれちょっと違うかもと思ったら、ちょっと違うんだと思います。そしてそのちょっと違さは自覚もできるし、他人にもバレてしまいます。
②大学で言われるような文脈化ってなんだろう🔁公募用の言葉遣いが絶対必要なわけじゃない
応募者の方が、大学でどんな教育を受けているのか/あるいは受けていないのか、知りません。私は、なんとなく作品を作ることについて、文脈を意識するよう教育を施された気がしています。学生公募だからこんな話をしてみます。
たとえば、「私の趣味は料理で毎日生活のために自炊をしていて、ABCパスタの形状に興味を持ちました。スプーンで掬い上げられる量の範囲で言葉ができあがる瞬間があり(DOG,MILKなどの簡単な英単語)、それが自分で行うことのできる占いのように感じました。なのでABCパスタで占いをする作品を作りました。」という内容の作品も作品と言われたら作品です。作品ですが、文脈化はされていません。そういうものが作りたいのなら公募と呼ばれるような機会に出さないで、自分でちゃっちゃか作った方が絶対楽しい!と思ってしまいます。以上のたとえは私の話なので、実際、自腹で作って、パスタの写真をTシャツに印刷したりして、それなりに満足しました。
では、これを公募用の言葉遣いに直すとしたらどうすればいいのか、というところです。
この作品案に、「アナグラムの歴史」および「アナグラムという言葉遊びの始まり」、「人間の遊びとは何か」という要素を入れたら公募用の言葉遣いになるかもしれません。更に、ABCパスタという日用品的な記号を都市空間における記号の表象へ転換させ、「STOP(止まれ)」といった看板の文字をアナグラムで「POST(投函しろ)」に組み替え、その指示に従うという遊びを開発するとか(適当)だと、公募っぽいかもしれません。
と、同時に、自由(制限付き)の中で作品を作ることには公募用の言葉遣いは必要ありません。
③本当に鑑賞者と関わりたいのかな
すごく気になったことがあるのですが、本当にマジでガチでみんな、インタラクティブな作品を作りたいんでしょうか?(もしくは、インタラクティブでありたいんですか?)ワークショップやアンケート、対話的な接触をなんとなく展示に組み込まなくてもいい!と思います。常に誰かに見られることを気にしなくても、自分のことだけを考える時間があっても大丈夫です。無視されるよりは他人の反応がもらえる方がもちろん嬉しいけど、自分ひとりでいても自分という存在や作品は成立するんじゃないでしょうか。
④Art Center Ongoing
「オンゴーイングでしかできないことなのか」という場所性については、重視しませんでした。が、無機質なホワイトキューブで展開した方がその作品にとってよく見えそうだと感じることはありました。
オンゴーイングは、一階にカフェがあって、たくさん人がいるときは床が抜けちゃうんじゃないかと心配になる二階があって、そこからめちゃくちゃ急な階段を上がると吉祥寺の町の小さな範囲を見下ろすことのできる屋上があります。あの建物には、たぶんシーソーのような揺らぎがあって、作品をよく見せてくれることも、逆方向に転じてしまうこともありそうです。
空間のノイズや揺らぎ、不完全さ、静かさ、平行垂直、完全さetc…を読み取っているのかは、重視しました。
川で拾った石を一つどこかに置きたいとき、金沢の鈴木大拙館に置くのか、神保町にある美学校の本棚に置くのか、というところです(画像検索してみてください)。
公募に受かったときよりも、受からなかったときの方が、私は大事な気がします。全然受かるっしょと思って出した公募に、全然、落ちたことがあります。
落ちた、だめだった、うまくいかなかった、よくなかった、もっとできた。てかうるさい、こいつに選ばれなくていいんだけど、みたいな気持ちでいてくれたら嬉しいです

Aokid
自分自身、展示に関してかなり未熟者だと思いながら引き受けさせていただきました。いくつものコンペに出してきて落ちてきて、コンペよりも大事なことがあると思い制作を一方でするような、引き裂かれたバランスのようにして。
でもたとえば過去に12回くらい応募してグランプリをとったことなどもありましたし、エアーギターの東京予選に出てみたこともありました。審査員に叱られることさえありました。
今回の審査では展示企画とポートレイトをまず分けて審査し、その総合点などで分けていき、改めて展示企画の方を見ていきました。ポートレイトは面白くても、展示企画の方で今回じゃないかな、と思われるところなどがあり、そのことからも審査していきました。
基本的には今までずっと出す側だったので、審査する側になって学ぶことも多くありました。それはもしかしたらワークショップを受けるだけでなく、ワークショップを受けてもらう側に回ったりする際の役割を変えてみることで見えてくるようなことがあると思いました。
たとえば書きがちな傾向というのが存在することなど。
また個人的には出自のオルタナティブなものへの興味から審査したものもありました。確かに全体で通りはしなかったものの、それを見ること自体が別の可能性の時間を見ながら発生させているようなものでした。
楽しく読みました、ありがとうございました。
すいません、僕なんか審査しちゃって!
がんばります、時に抜きつつも、出来る時しっかり、