Art Center Ongoing

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あの夜のこと

弘川ゆきえ(Art Center Ongoingインターン)

あれはちょうどわたしがArt Center Ongoingでお世話になり始めてから1年ほど経った頃でした。若手作家2人展中で、その展示作家の希望により超大物アーティストX氏を招いて、鼎談トークショーを行うというイベントの夜でした。わたしは、X氏のような超有名人を間近でみるのは初めてだったので、随分ドキドキしたのを覚えています。会場もX氏目当てで来たお客さんで満席で、わたしは期待で胸を高鳴らせていました。
ところがトークが始まると、それまでの興奮は、不安と苛立ちに変わりました。トークショーの会話が進まないのです。若手作家2人が固まってちっとも喋らない。X氏の話の上手さに救われて完全な沈黙は免れたものの、X氏の質問に対して作家がうまく答えられずにいました。わたしは、他のスタッフ数名といっしょに、キッチンの中でトークを聞きながら、「今夜のトークやばいね」「ありえないね」「お金払って聞きに来たお客さんに申し訳ないよね」と小声で文句を言いまくっていました。(Ongoingのキッチンの内側はいつもスタッフの本音ゾーンで、怖いコメントが飛び交っています)トークが終盤に近付いた頃、やっと落ち着いてきたのか、若い作家たちの口が少し滑らかになり、なんとかトークの形になってきたように見えました。最終的には「これからのアートマーケットで、日本が中国に負けないための秘訣とは」みたいな話になって終わったように記憶しています。なんとなく、その日のトークが「聞いて良かった」と為になる話にまとまった気がして、わたしはホッとしていました。
その夜、来場者を見送って会場を片付けたあと、小川さんと残っていたスタッフでビールを飲みながらこんな話をしました。(スタッフの言葉はどれが誰の言葉だったか忘れてしまったので、AとBとします)
A「今回のトーク、ひどかったですよね。作家は2人とも全然話せてなかったし。トークがあるって分かってたんだからもっと準備してくればいいのに」
小川さん「ははは。たしかに緊張してガチガチだったね~。でもあの2人だって、いい加減な気持ちだったから話せなかったわけじゃないと思うよ。たくさんのお客さんがいる場所で、しかも憧れのゲストと、ちゃんと話せるようにはもっと場数が必要なんだよね。そして2人が思った以上の準備が必要だったんだろうね。今回のトークであの2人も実感したんじゃないかな。まぁ、でも僕は今回のトークをひどいとは思わなかったよ。けっこう面白かったな」
B「えー、小川さんはどのへんが面白かったんですか?」
小川さん「うーん、僕は予定調和のものに興味がないんだよね。どう始まってどう終わるかが明白な、打ち合わせ通りのエンターテイメントみたいなトークや作品って、世の中に溢れているから。僕は、Ongoingでもっとちがうものが見たい。そういう意味で、今日のトークみたいに、人の気持ちや会場の空気がどんどん変わっていくのがとてもよく分かるイベントはめずらしいし、面白かったな。予定調和じゃないからこそ、トークの行方がどこに向かうのか分からずに、とてもスリリングだったしね。まぁ今夜にかんして言えば、ゲストのX氏はふだん美大で先生の仕事もしているから、若い作家と話すことに慣れているという点で、ある程度の安心感もあった。もちろん、トークが本当にどうにもならない状態のときには助け舟を出すけど、今日は大丈夫だと判断したんだよ」
B「あー、だからいつもみたいに助け舟出さなかったんですね…。いやー、でもやっぱりわたしは、今日のトークをつまらないと思いました」
小川さん「うん、別に僕と同意見をもつ必要は全然ないよ。ただ、自分が何に対して、どうして『面白い』と感じるか、一度自分の感覚を見つめ直してみるのはつねに大事だと思うよ」
その夜の帰り道、吉祥寺駅まで歩きながら、わたしは自分の「面白い」という感覚が、実はかなりテレビのバラエティーに影響されていたのではないかと初めて気づいて、わりとショックだったのを覚えています。自分の枠の外のいろんな「面白さ」を感じたいと思った2010年のある夜でした。
あれから8年ほど経ちますが、今でもあの夜の小川さんとの会話を時折たいせつに思い出します。あの日の小川さんの言葉は、わたしにとって「Ongoingとはどういう場所か」という理解を助けてくれました。【1】(若手)作家に、社会に出る機会・経験を与える場であること。【2】 関わるひと全て(作家、スタッフ、お客さん)に、「面白い」という感覚(あるいは既存の価値観)を問い直させる場であること。Ongoingは、現在進行形で進化していく場所ではありますが、きっとずっとこの2点は変わりません。それを是非多くの皆さんと、次の10年も見届けられますように。

*あの夜、トークショーで緊張していた若手2人は、いまもOngoingが大好きな、とてもいい作家です。いまだに若手と呼べるかは謎だけど。