Art Center Ongoing

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わたしの隣りにあるアート

高村瑞世(TERATOTERA事務局長)

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わたしが初めてArt Center Ongoingに行ったのは、2011年のこと。当時OLだったわたしは、仕事をしながら小川さんがディレクターを務めるTERATOTERA(テラトテラ)という中央線沿線で展開するアートプロジェクトのボランティアスタッフをしていた。
酒が飲めるという理由だけで各プログラムの打上げ会場の確保を任され、面識のないアーティストが集う打ち上げに参加していた。これをきっかけにOngoingにも展示を見に行くようになり、「酒豪のみずよちゃん。」と小川さんに紹介され、週末そこに集まる作家たちとも飲むようになった。
わたしは美大卒でもないし、美術史の知識もなかったから、最初は会話に入るのも緊張していた。「アーティスト」ってわたしの生活とはかけ離れていて、絵を描いて売って生きている人、そんな風にしか思っていなかったから。
作家たちが飲みながら何時間も延々話していたのは、作品の感想か、お互いの生活状況についてだった。
「あの作品(展示)観た?どうだった?」
「マジで金がない。カメラ買っちゃった。」
「今日も奥さんが怒ってる。そっちは彼氏とどう?」
大体がこれだ。作品については、「超つまんなかった」「◯◯さんの作品に似てる」「既視感あるよね」。作家たちの声は辛辣で、聞いているだけで面白かった。 
生活状況については、恋愛事情、夫婦の喧嘩の話、生活費、制作費について。Ongoingに行き始めた頃は、誰と誰が付き合ったとか、あいつと付き合っちゃえとかそんな会話が多かった。最近はみんな子供が生まれたりして、制作と生活の折り合いをどうつけていくか、ため息交じりの会話も増えてきた。だけど結局最後にはいつもくだらない展開になって大笑いしているから、わたしもどうにかやってくしかないか、という気持ちになって元気が出る。今思うと当たり前なんだけど、近寄りがたかった「アーティスト」も、隣りに並んで話してみれば、同じ時代に生きるただひとりの人だった。
そういう関係を隣りで見ていて小川さんが羨ましいなぁと思うのは、同じ世代の作家たちと同じ視点で、生きていく術を模索しているように見えるから。アートを取り巻く環境って本当に良くなくて、作家はギャラリーに所属しないと滅多に作品が売れなし、作品を作るためにお金がかかるから生活費も厳しい。世間の目も「好きなことやってるだけ」とか、「難しい」と言って向き合ってもらえないことも多いと思う。Ongoingでは作品は滅多に売れないと思うけど、10年間、この場所が現在進行形のアートを発信する場として存在し続けたことが、ここに集まる作家たちの心の支えになっていたのは間違いないと思う。発表する場として、そして自身の表現を糧に生きていこうと覚悟を決めている作家たちが集まる場として。同時にもちろん、そういう作家たちが小川さんの支えになっているのもよく伝わってくる。「外で何があっても、僕にはOngoingがあるから。」小川さんの仕事を手伝っていて何度か聞いたこの言葉に、全てが詰まっている気がする。たぶんこの関係性は、海外に遠く離れても、何年も会わなくても、それこそ死んでしまっても、きっと変わらないんだろうなと思う。友人という言葉では物足りない、こんな風に真剣に向き合える関係性はそうない。作品をつくることへの真剣さと、信頼を感じる。
わたしは今、旦那さんと一緒に3年間別の場所で運営していたアートスペースを移転させるため、古い建物を改装している。たぶん小川さんがOngoingをつくった頃とは、アート界の状況も変わってきていて、若い作家たちは、自分たちでオルタナティブスペースを運営して発表したり、30代以下のギャラリストも増えてきていると思う。この状況の中で、わたしにはこれから、何が出来るだろうと考える。きっとOngoingの10年間をまとめたこの本を手にする度、10年後に振り返る今を想像して、そのときに納得できることをしていかなくてはなあと身が引き締まるだろう。 もちろん全力で抜き去るつもりで走るんだけど、Ongoingに集う作家と小川さんには、いつも前を走り続けて欲しいと思う。