Art Center Ongoing

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オルタナティブなアートの共同体と制度とお金の話

原万希子(アートキュレーター)

2014年の黄金町バザールにゲスト・キュレーターとして関ったことがきっかけで、初めて小川希くんと出会い、それからArt Center Ongoingの活動を知り交流が始まったので、私自身はArt Center Ongoing常連ではないゆえ、10周年ドキュメントに執筆するほど、その長く濃密な活動には精通していない。おそらく立ち上げから長年関わってきたアーティストやキュレーターなどの関係者の方々が、それらの秘話や歴史については豊かなテキストをこのドキュメントに寄稿されていると思う。では私は何を書いたらいいものかと悩んだが、おそらく小川くんの執筆依頼は、2014年の黄金町バザールのオープニングに併せて開催された『迂回路:アジアにおける芸術文化交流シンポジウム』で小川くんのプレゼンに対しての、私のあのコメントに端を発していると思われるので、まずそのことを振り返って、ここではオルタナティブなアートの共同体(コミュニティー)と制度とお金の事について少し書いてみようと思う。
シンポジウム『迂回路』は、これまで黄金町バザールに関わってきた東南アジアや東アジアで最も活発に実験的なアートのあり方を実践する11団体のオルタナティブ・スペースの代表に、他分野の専門家や参加アーティストたちを加えたメンバーで、アジアのアート、歴史、そして私たちが生きる「今」という時代を考察し、アートと社会の新しい関係を切り開いてゆくための活動を共有しながら多角的に議論する熱い4日間であった。
その中で小川くんは、ゴミ収集や肉体労働をしながら制作を続ける、Art Center Ongoingに集まってくるアーティストたちの経済状況に触れながら、彼らの考え方、世界の捉え方にこそ価値があるという思想から、従来の美術作品を売るのではなく、その作品が出来上がってゆくプロセス自体を、ワークショップやレクチャーを通してパッケージ商品化して売るような新しい経済構造を作ることで、アーティストと社会をつなぐ広いコミュニティーを形成してゆくというビジョンを語った。
彼の話を聞きながら、一世代上の私自身も1990年代初頭同じように、規制の美術制度に追従しない新しいアートと経済の在り方を模索していた当時の事を思い出し、彼がいま確信を持って仲間たちと戦略的に創り出そうとしてる、オルタナディブなアートの共同体や新しい経済的なシステムに対して、強く共鳴し大きな希望を感じた。
一方で、20年以上の間、日本とカナダでアートと関わってきた経験から、あえて私は「アート作品はどんな実験的なものでも時間とともに資本主義の社会の中で商品として市場価値をもつ宿命にあり、それを避ける事はできない。どんなにいま売れてなくても一部のアーティストたちは有名になり作品が売れればお金持ちになる。それがアートを巡る制度であり、その制度の構造的枠組みにどのように関わってゆくかが問題」という問題提起を、小川くんの今後の活動への期待を込めて投げた。それは、私自身がずっと考えている事でもある。
この問題に一つの回答はもちろんないが、アートを取り囲む制度や経済構造は、それを対立したものとして受け止めず、内部から変えてゆくという思考が必要だと経験的に学んだ。そのために最も重要なことは、同時代に生きる私たちを取り囲む制度や社会への問題意識を共有し、変革や自由を求める精神をもった人間の繋がりによって有機的なコミュニティー(共同体)を作りながら、個人を超えたコレクティブな思考を形成してゆく事だと思う。そのプロセスで、様々な実践を通して緩やかに物事は変化してゆくのだ。
小川くんとのこの議論から早3年以上の月日が経つが、その間小川くんやArt Center Ongoingは、そのような精神を共にする共同体を確実に構築し広めている。独自のレジデスプログラムや前記の「迂回路」に参加したアジアのオルタナティブ・スペースと継続して開催しているレジデンス交流でグローバルに広がるアーティストたちのネットワークや、そこから生まれてくる新しい作品の数々、2016年の小川くんの東南アジア視察調査(このドキュメントは非常に貴重な記録でとても興味深く拝読した)で広がるネットワーク、またその直後に立ち上がったOngoing Collectiveの活動など、ここ数年の飛躍的で多層的かつ柔軟な活動の展開を見ればそれは明らかだ。私自身も2014年の黄金町バザールを通じて出会ったArt Center Ongoingのアーティストたちと豊かで幸福な関係を築き始めている。またこれらの様々な活動を展開する中で、作品売買ではなく企画を動かしてゆくための新しい経済構造も作られていると思う。
東京の吉祥寺の一軒家をDIYで改造した同世代のアーティストの溜まり場として始まったArt Center Ongoingは、この10年で世界に広がる運動体としてのオルタナティブなアートの共同体になっていることに、拍手を贈るとともに、今後さらに新しく誰も見たことのないアートを実験的に「現在進行形」で展開するの活動の広がりに期待と希望もって、今後も関わってゆきたいと思う。