2009.06.17 [水] - 2009.06.28 [日]
12:00-21:00 定休:月、火
 仕事を終え自転車で自宅へと向かう夜の帰り道。ペダルを漕ぐ音だけが規則正しいリズムを刻む。神経が徐々に研ぎすまされてゆき、車輪が進むアスファルト舗装の質感のみをじっと目で追う自分がいる。東京の道路はいつも何かの工事をしているおかげか継ぎはぎだらけで、敷き詰められたばかりの黒光りする面があったかと思うと、次には長いあいだ陽にさらされ色あせたつるつるの面が続いたりする。数メートルおきに表情を変える、いつもは意識することのない足下の多彩な世界。ふと赤信号で急ブレーキをかけて後ろを振り返れば、そこには見慣れたいつもの帰り道が続いているだけだった。

 市川さんは、写真を小さな正方形に切り取り、それらを貼り合わせ新たなイメージを作り出す。画面に浮かび上がるのは人の顔や唇のアップ、時には宇宙飛行士や浮世絵なんてこともある。材料となるのはいろいろな雑誌の中の写真であって、画面には、四角い形をした無数の世界がちりばめられている。市川さんの作品の前に立つ者は、画面に近づいたり離れたりしながら、小さな画像で作られた大きなイメージを追い、大きなイメージを背景にして小さな画像を確認する。面白いのは、決して同時にはその両方を認識できないこと。

 一見すると、単純明快で誰が見ても楽しむことのできる市川作品だが、その構造を改めて考えてみると、私はいつもある種の恐怖を感じてしまう。そもそもなぜ、彼の絵の中に、そこに直接描かれていないはずの顔や唇のイメージを読み取ってしまうのだろうか。そしてなぜそのイメージと素材の両方を同時に認識することができないのだろうか。もし仮に、どちらか片方しか認識できないとしたらどうなってしまうのだろうか。そんなことを考えだすと、認識のコントロールが急に利かなくなり、自転車を走らせながら足下のアスファルトにだけ集中して「帰り道」をその概念ごと見失ってしまう自分を思い浮かべてしまうのだった。

 市川さんの作品は、私たちの世界を形成しているのは恣意的な認識でしかないということを繰り返し語りかけてくる。目に見えるすべての物の意味やイメージは、その都度、私たちにとって都合のいいように選び取られたものにすぎない――画面から浮かび上がる、世界の成り立ちを根本から揺るがすメッセージ。目の前の現実を打ち壊し狂気へと誘う、そんなスイッチが市川さんの作品の中にはいつもこっそりと仕込まれている。

Art Center Ongoing
代表 小川希



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6月19(金) 19:30~
William & NG企画ライブ
出演:
・幕内純平(口琴)+林隆史(ギターfrom Qui)、紙田昇(Kdance)+?
・William & NG
料金:要1ドリンク投げ銭制


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6月20(土) 19:00~
オープニングパーティー


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6月21日(日) 19:00~
Pre Ongoing School
作家本人による展示作品の解説を交えてのレクチャー。
お好きなケーキとお飲物がついてきます
料金:1500円(ケーキとドリンク付き、先着30名様)


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6月27日(土) 19:00~
ゲストトーク
ゲスト:都築潤(イラストレーター/アイキャッチャーデザイナー)
参加料:1000円(先着30名様、要予約、1drink込み)

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アーティスト・インタビュー
世界は四角く切り貼りされて
市川健治
聞き手=小川希


■ピクセルモンタージュと雑誌への想い

―― 市川さんは、写真を正方形に切り取り、それらを貼り合わせて別のイメージを描きだす、“ピクセルモンタージュ”という技法を用いてこれまで多くの作品を手掛けていますが、この技法はいつ頃から用い始めたのですか?

市川 一番最初は、美術予備校の頃ですね。当時の予備校仲間はみんな絵を描いていたので、それじゃあ僕はコラージュをやってみようと思って。それまでにも写真をいろんな形に切って貼ったりすることはしてはいたんですけど、ある時、同じ形状のパーツの寄せ集めで何か作れないかと思って、四角形だけでコラージュをしてみたんです。そしたら当時の予備校の何人もの先生が「これはすごい」と、言ってくれて。さらには「いま予備校でやらずに、もうちょっと画力をつけてからやればもっとすごいものができるから、大学に行ったら作れ」とも言われた。尊敬する先生たちからの助言だったので、言われたとおり大学に入ってからまたピクセルモンタージュの作品を始めました。

―― そもそもピクセルモンタージュという技法は、何かの真似ではなく、自分で編み出した技法なのですか?

市川 はい。ただ、後々知ったんですけど、似たようなことをやっている人はいて。切手だけでモナリザを作るとかね。けれど当時は何かを参考にするでもなく、自分のオリジナルな技法としてやり始めました。

―― 当時はどんな写真を素材にしていたのですか?

市川 主に、科学雑誌『Newton』ですね。僕『Newton』がすごく好きでたくさん買っていたんですよ。あの雑誌、発色がすごく良くて、色の幅もあり、質感が見えるのがいいんですよね。

―― 四角に切った一枚一枚の素材は、画面に貼る前に色分けなどをするんですか?

市川 色分けはほとんどしません。筆で描く時に塗る色を考えるのと同じで、例えば今ここで鼻を描くとすれば、じゃあ鼻に当てはまるにはどれがいいだろうと探して、切って貼るわけです。次に鼻の側面はどうしようか、といってはまた探し、この色とこの質感がいいなというので次の一枚を決めていく。一手一手、その場所に合う色と質感を探して貼っていくんです。

―― 制作している時の感覚としては、パズルのように組み合わせることに没頭しているのですか? それとも常に全体像を意識している?

市川 全体のイメージはあらかじめある程度はあるんですけど、実際に出来上がってくる作品は自分がイメージしていた以上のものになることがほとんどで、びっくりさせられます。たまたま隣り合わせた二枚が、妙に素敵な色の組合せになってたりとかね。そういう予想を超える部分が、コラージュの面白さなのかもしれませんね。

―― 素材になる写真は、カラーコピーなどで色や大きさをいじったりは一切しないんですか?

市川 してないですね。初期の頃は、雑誌から何かを学んだり美しいと思ったりすると、その時の感動をどうにか作品化して残したいという欲求があった。一個一個の記憶の断片が寄せ集まったものとしてね。

―― 雑誌というメディアに特別な思い入れがあるんですね。

市川 ありますね。当たり前ですけど、雑誌に載っている写真はどこかに実際に存在する物を写しているわけです。この手法を編み出した当時の僕は、外国に行ったこともなかったし、もちろん宇宙やミクロの世界にも行けないじゃないですか。そういう行けなかったり見えなかったりするものが雑誌というメディアを通して手元にあるということがすごいと思った。雑誌の中なんですけど、自分の知らない世界が今ここにあるという感覚。僕はそういう雑誌の存在が好きだったんです。

―― 雑誌でなくても、素材として使えるなら、例えば誰かが撮った写真などでもかまいませんか?/p>

市川 日本の雑誌って印刷技術がすごくて、色の幅も驚くほどあるんですよ。同じ赤といってもいろんな赤があるし。質感も様々で、ツヤだったり色味だったりが本当に精巧に刷られているんです。自分で撮った写真で同じように制作したこともあるんですが、やっぱり雑誌のほうが断然面白かった。それで、ある時から自分が買った雑誌だけでは素材として間に合わなくなってきて、古本屋に行ったんですけど、雑誌はあまり売れないらしく埃をかぶっていて、眠っているというかすごく寂しそうに見えた。そんな雑誌たちを見てたら、「僕が使ってあげたい」と思ってしまって。大勢の人に見られたにもかかわらず忘れ去られた雑誌たちを、もう一度、人前に出してあげたいという感じを抱いたんです。


■エロ本の存在

―― 最近は素材にする雑誌がエロ本に絞られていませんか?

市川 古本屋で、いつ行っても動きのない雑誌=エロ本だったんです。僕、エロ本ってすごい特別な雑誌だと思うんですよ。そもそも男性しか買わないし、その中身は女性の裸で、しかもすぐに捨てられてしまう。でも、買った男たちにとってはとても記憶に残るものだと思うし。ただ、記憶から消されるのも早いですけどね。そんなエロ本の存在に、非常に興味を持ってしまって。静かだけど、熱があるような。

―― エロ本を使うことに対しての特別なコンセプトみたいなものはあるんですか?

市川 僕も普通の男の子と同じでエロ本を買ったことはあって、いっぱい集めるとかじゃなくてもいつも部屋に数冊はあったりした。でも、以前は作品の素材として使うことはどこかで避けていたんですよね。女性の裸を作品に使うのはタブーというか、なかなか勇気が出なくて。でも女性の裸を見るのは好きだし、美しいと思いますし……。まぁ、男はみんな好きじゃないですか(笑)。それである時、その想いみたいなものを作品化できないかと思ったんです。タブーをなくして、女性に対する想いだったり、美しさを自分なりに全部オープンにして表現してみようと。それが2000年ぐらいのことで、僕が三〇歳を越えたぐらいの時です。二〇代の頃は照れとか恥ずかしさもあって、まさかエロ本を作品化しようなんていう気持ちはなかったんですけど、当時はちょうど彼女もいませんでしたし……。彼女がいたら、もしかしたらこういう作品は作れなかったかもしれないですね(笑)。傍らで、「気持ち悪い」とか「やめて」とか言われちゃったりしたら勇気を持てなかったかも。

―― 実際にエロ本でやってみて反応はどうでしたか?

市川 良かったですね。コンペに出したら、賞をいただいたりもしました。エロ本だけで作られた作品だということで、審査した人たちはすごく面白がって見てくれましたね。

―― ポートフォリオを見せてもらうと、その2000年当時ぐらいの作品は、それまで手掛けていたピクセルモンタージュの延長線上で単純に素材がエロ本になったというような印象を受けますが、最近の「活け花」シリーズのようになると、雑誌を素材として顔や人物といった別の何かを描くというよりは、単純に貼ってるだけですよね。女性の胸だったら胸を貼ってるだけ(笑)。 市川 そうですよね。「活け花」シリーズは、平面上にハイヒールをどのように置いて、どれぐらいの大きさのおっぱいを、どういうふうに貼ったらいいのかという、いわばインスタレーションみたいなノリなんですね。ただ、エロ本を使ったピクセルモンタージュも並行してやっているんですけどね。


■おっぱいの山脈

―― ピクセルモンタージュが進化して「活け花」になったわけじゃなくて、同時進行でいろいろと試しているんですね。ただ、「活け花」の方はひたすら切って貼ってるという意味合いで、狂ってる度合いはより高い(笑)。これを作ってるときはどういう感覚なのかなぁ……、本当にちょっとイッちゃってる人みたいじゃないですか。そんなに好きか!? みたいな。

市川 そうですよね。でもたぶん、好きとかエロいとかいう感じじゃないと思うんですよ。僕、あんまりエロくないんで(笑)。どっちかというと、あの柔らかさとか形が好きなんですよ。

―― エロスじゃなく、モノとして好きという感じなんですね(笑)。

市川 はい。温かさだったり、自分が触った記憶もあるし。エロ本でおっぱいを見た時に、そういう触感とか感触とか色とか、思い出す感じ。僕、狂ってるんですかね(笑)。

―― じゃあ、一つ一つ切りながらおっぱいの記憶を思い出したりしてるんですね。

市川 やっぱりあの膨らみは女の子にしかないものですからね。それが集まったらどうなるんだろう?というのはありますよね。例えば、僕の出身の長野県では、山がひとつドーンとあるわけではなく、山脈として連なっているからこその存在感があったりする。そんな山々を見て育ったからなのか、おっぱいがいっぱい集まったら、どういったものを見せてくれるんだろう、っていう好奇心が最初にあったんですよね。

―― おっぱいの山脈(笑)。

市川 山脈を眺めるように、おっぱいが二つ三つ、もっとあったらどうなるだろうってね。まぁ、もともと二つあるものだから。それと、体の部分としても主張してくる部分じゃないですか。そこに「ある」っていうふうに。そこが好きなんですよね。最初、なんでエロ本見たかと言えばおっぱいを見たいからだった気がしますし、その時の衝撃が強かったので、やっぱり素材として使うならおっぱいを使いたいというのはありましたね。

―― 実際、出来上がってみて思っていた通りの眺めでしたか? 山脈を見るような壮観さはありましたか?

市川 くどいな、って思いました(笑)。

―― そうですか(笑)。ピクセルモンタージュの作品も含めて、最後の一枚を貼り終わって完成した作品を見た際には感動とかはありますか?

市川 あります、あります! そこから例外的に修正していくこともあるんですけど、基本的には修正なしにしています。貼る時の直感を信じているんで。その時、そのページのおっぱいと出会った、みたいなね。そういうのを大切にしたいんですよ。

―― 集めるということに何か、こだわりのようなものがあるんですかね。

市川 そういうのはあると思いますね。一つに見えているものでも、実はいろいろなものから出来上がっているんだというようなことを昔からよく思っていました。人間もそうですよね。僕は理科が好きだったので、様々な進化を遂げて人間が誕生するに至った話なんかにすごく興味がありました。いろいろな偶然が重なって、人間も含めてあらゆるものが存在している、そのこと自体が面白い。じゃあ自分の作品もいろいろなものを寄せ集めて、何か別のものを作れないかという想いがスタートだったんでしょうね。

―― それでふと気づいたら、おっぱいだらけになっちゃってたり……。

市川 そうですね(笑)――あ、でも「いろいろな」おっぱいですけどね。

(2009年4月28日、Art Center Ongoingにて収録)


市川 健治 Kenji Ichikawa

略歴
1967年 長野県生まれ
1994年 武蔵野美術大学造形学部映像学科卒業
1996年 武蔵野美術大学大学院造形研究科デザイン専攻映像コース修了

個展
2009年 "花と夢"/ Art Center Ongoing(東京)
2008年 "Human Being"/ GALLERY K(東京)
2008年 "活け花"/ Gallery KITAI(東京)
2008年 "Pixel Montage"/ GALLERY K(東京) ※同スペース ’07 開催
2006年 "活け花"/ petal fugal(東京)
2006年 "活け花"/ KEY Gallery(東京)

最近の主なグループ展等
2009年 "INTERNATIONAL ARTEXPO NEW YORK"/ JAVITS CONVENTION CENTER(New York, USA)
2008年 "LINEART 2008"/ Flanders Expo(Gent, Belgium)
2008年 "ASIA CURRENTLY"/ Gallery Erhard Witze(Wiesbaden, Germany)
2008年 "MiArt 2008"/ FIERA(Milano, Italy)
2007年 "The 11th SHANGHAI ART FAIR 2007"/ SHANGHAI MART(Shanghai, China)

受賞歴
2006年 第9回 岡本太郎記念現代芸術大賞展 入選
2004年 第7回 岡本太郎記念現代芸術大賞展 入選
2000年 第8回プリンツ21グランプリ展・2000 特別賞
1999年 第2回 岡本太郎記念現代芸術大賞展 特別賞
1996年 JACA'96 日本ビジュアル・アート展 特別展 金賞
1995年 APA 日本写真ビエンナーレ'95 APA賞・文部大臣奨励賞
1993年 第1回トリックアートコンペ 奨励賞
1993年 第3回名古屋国際ビエンナーレ,ARTEC'93 「国際公募展部門」 入選
1991年 第20回現代日本美術展 入選
1990年 第11回日本グラフィック展 特別賞



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