2009.04.29 [水] - 2009.05.17 [日]
12:00-21:00 定休:月、火
 私の実家では洗濯は父の仕事で、それをたたむのも父であった。乾いて取り込んだ衣類を半分にたたんで、それをまた半分にたたむ。毎日横目で見ていたなんてことない日常の風景。時は流れて、結婚して妻と二人で暮らすようになり、まず一番に驚いたのは、料理の味付けなどよりも、洗濯物のたたみ方であった。半分をまた半分にという実家の常識=父式は見事に打ち破られ、妻の手にかかると全ての洗濯物が驚くほど美しく次々とたたまれていくのだった。たたみ方一つで、洗濯物がこれほど美しく変わるのかと感動を覚えた。

 冨井さんは、身の回りのものを用いて、身の回りでは見たことのない立体作品を生み出す。素材となるのは、画鋲やスポンジ、ストローといった既製の日用品から、針金や紙、そして木の枝といったプリミティブな材料まで。誰もがよく知るこうした素材は、時に過剰なまでに集積され、時にぎりぎりまで削り取られ、それまで見せたことのなかった表情を露呈することとなる。それ以前に孕んでいた意味や機能は一度リセットされ、繊細な美しさや、強度のある存在感を持った「作品」として生まれ変わるのである。

 ただ、生まれ変わるといっても、全く別のものになるわけではなく、素材に染み付いてたイメージは「作品」に昇華されても完全に消え去ることはない。「ゴールドフィンガー」と名付けられた作品では、黄金のまばゆい存在感に圧倒されると同時に、よく見ればそれはやはり画鋲なのである。美術作品としての荘厳さと、相も変わらない日用品としてのしょぼさ。冨井さんの作品の前に立つ者は、その二極を行ったり来たりする。「美しい」、「でもこれ……だよね」と。ただ、その往来にこそ冨井作品の魅力が隠されているのではないだろうか。なぜなら「作品」から「身の回りのもの」に帰って来たまさにその時、冨井さんの導きだした「解」のこの上なさを思い知らされるのだから。「物」に内在する、近いようでいて、決して辿り着けない地点。冨井さんの作品はズバリそこを指し示す。

 ところで私が感動した妻の洗濯物のたたみ方は、タネをあかせば商品としてパッケージされた衣類のたたみ方と同じなのであった。そして、どちらかと言えば半分をまた半分にという極々シンプルな父式のほうが、冨井さんの制作スタンスには近い気もするなと、自分の娘の洗濯物をやはり父式でたたみながら勝手に思うのであった。冨井さんならどんなこの上ないたたみ方を導きだすのだろう――考えてみたが、到底思いつかなかった。私たちを取り囲むすべてのものにはそんな思いもよらない別の見え方が内在していて、そのひとつひとつのこの上ない解を冨井さんが導きだしていく様を想像すると、世界が倍に広がる気がした。

Art Center Ongoing
代表 小川希


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5月2日(土)
18:00~ アーティストトーク「今後の制作」
参加費:1000円(ワンドリンク付き)
20:00~ オープニングパーティ
どなたでもご参加出来ます


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5月9日(土) 19:00~
ゲストトーク
「ミニマル×オプティカル×マルチプル」
ゲスト:梅津元(埼玉県立近代美術館学芸員/芸術学)
参加費:1000円(ワンドリンク付き)

梅津元:
1966年生まれ 1991年多摩美術大学大学院修士課程修了 同年より埼玉県立近代美術館に学芸員として勤務
担当した主な展覧会
「<うつすこと>と<見ること>-意識拡大装置」(1994年)
「光の化石-瑛九とフォトグラムの世界」(1997年)
「ドナルド・ジャッド 1960-1991」(1999年)
「プラスチックの時代-美術とデザイン」(2000年)
「アーティスト・プロジェクト-関根伸夫《位相-大地》が生まれるまで」(2005年)
「ニュー・ヴィジョン・サイタマⅢ-7つの目×7つの作法」(2007年)
その他、『ユリイカ』、『インターコミュニケーション』、『美術手帖』などに寄稿。


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5月10日(日) 15:00~
Pre Ongoing School
作家本人による展示作品の解説を交えてのレクチャー。
お好きなケーキとお飲物がついてきます
料金:1500円(ケーキとドリンク付き、先着30名様)


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5月16日(土) 19:00~
「冨井大裕と富井大裕と冨井犬裕と冨丼大裕と冖一口田井大衣谷と藤田六郎の戦い」
参加費:1000円(ワンドリンク付き)

第1部:「冨井大裕と富井大裕と冨井犬裕と冨丼大裕」
今や、現代アート界のサイババにして、ネタ=フィジカル・ワールドの冥王となった冨井大裕が、幸か不幸か、意図するしないにかかわらず確立してしまった「冨井大裕的」なるもの……。しかし、あなたが知る爽やかな好青年=冨井大裕はそのテリーマンばりの笑顔の陰で、富井大裕と冨井犬裕と冨丼大裕という三人の影武者を操って、美味な上澄み液だけを搾取し続けていた。普段は、樹海の中の底無し沼に沈められ泥水を啜って生きている富井大裕と、犬小屋のような座敷牢に閉じ込められ泥水を啜って生きている冨井犬裕と、擂り鉢状の蟻地獄に落とされ自力では脱出できず泥水を啜って生きている冨丼大裕を、芸術裁判所が特別に召喚し証言を求める。ついに冨井大裕の悪事が白日の下に晒されてしまうのか! ここで一句、「テリーマン、一皮向けばウォーズマン」……な冨井大裕ならまだしも、しょせん『週刊HERO』編集部員、翔野ナツ子のフォロワーに過ぎないあなたが、この戦慄の約二時間に耐えられるのか?

第2部:「冨井大裕と冖一口田井大衣谷の戦い」
釘を潰したり、粘土を詰めたり、折り紙の鶴を切るのならまだしも、スポンジを重ねたり、画鋲を刺したり、箸を置いただけの冨井大裕の作品の価値とはそもそもなんなのか? あるいは、誰もが一度は感じる「誰にでもできるんじゃないか?」というラディカルというには頭が悪すぎる、ファンダメンタルというには軽すぎる問い……。時に、それを言ってはおしまいなものに人は強く誘惑されてしまう。冖一口田井大衣谷はついに我慢出来なくなり、問うだけでなく、実際に作ってみた。冨井大裕と冖一口田井大衣谷の作品の間に流れるであろう川は、深くて長いのか、浅くて短いのか? 冨井大裕のみならずあなたの真価が問われるこの戦慄の約二時間に、冨井大裕ならまだしもしょせんビビンバのフォロワーに過ぎないあなたが耐えられるのか?

藤田六郎 詩人、芸術の山 山小屋 番人
1996年にロンドン大学を卒業し帰国、[武蔵野美術]編集部勤務を経て、2000年より東京書籍で単行本の編集をしている。多木浩二・藤枝晃雄監修『日本近現代美術史事典』、暮沢剛巳『現代アートナナメ読み』、谷川渥『肉体の迷宮』好評発売中!

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アーティスト・インタビュー
[世界のすべて]を通して見えるもの
冨井大裕
聞き手=小川希


■「作る」という呪縛

―― 冨井さんはこれまで、身の回りにあるモノの形や機能そのものに焦点をしぼった作品を数多く発表されていますが、そういったテーマに興味を持つようになったきっかけはどんなことだったのですか?

冨井 僕はもともと彫刻科に所属していたのですが、そこは何かを作らないと認められない場所でした。言ってみれば「作らされている」感じがあった。今も僕は作らされていると思って作品を作っていますけど、「どうやって作らされるか」という前提をいかにコントロールできるかが重要になっていたりします。つまり自虐的に「作らされている」わけです。だけど学生の頃は、そういうことについては完全に無自覚だった。何かを「作る」ために大学に入ったわけだけど、「作る」という部分が「作らされている」ことですでに封じられているというか、かといってどう自発的に作っていいかもよくわからない状態で、「作る」というひとつの言葉をめぐってものすごくいろいろな葛藤がありました。当時の僕は、どうにか自分で「作る」という言葉を一回リセットして、改めて「作る」という行為だけを洗い直そうともがいていました。それで、まず「作る」ためには何が必要で何が不必要かということを突き詰めていって、最終的に形とか機能といったものを客観的に見て、それだけでなんとかしようという考えに辿り着いたんです。僕の場合、制作において機能とか形以外のもの、例えば物語や自分のパッションみたいな部分を入れてしまうと、途端にまた以前の「作る」呪縛に立ち戻ってしまう危険性があった。それで、自分にとって何がNGで何がOKかってことだけを考えていったら、ペンならペンの「どこまでを客観視して見切れるか」、「それだけで何ができるか」、「それが本当に作品になるのか」――この3つをやるしかないという考えに到達したんです。

―― 初期に手がけていた作品は、近年のものと比べて、作品のタイトルの比重が重い印象を受けます。

冨井 タイトルを作品の要素として入れることで、なんとか作品として保とうとしていたんでしょうね。また、それがないと逆に保てないんじゃないかっていう不安感がすごくあったんだと思います。今は単純に作ることで作ることを更新したり考えたりしているんですが、以前はそうしたくてもできなかった。僕の中にある「彫刻」という技法が邪魔していたんだと思います。それは、彫刻にこだわっていたというわけではなく、たまたまスタート地点に彫刻があっただけなんだけれども、その前提をクリアしなければ次に行けなかった。それで当時は、彫刻とはなんなのか、どういう機能を持っているのかということを自分の中で捉え直そうとしていて、そういった問いの部分だけで作品を作っていたようなところがありました。でも、それだけでは作品として保たないとどこかで感じでいて、各作品に対してまずタイトルがあって空間にあるものがあって「なるほど」っていうオチを用意しておかないといけない、みたいな考えになっていたのかもしれません。

―― そういった状況をブレイクスルーしたというか、何かが見えた瞬間みたいなものがあったんですか?

冨井 当時の作品で、ホウキを立てた作品があるんですけど、その頃になるとどうホウキを立てるかといったほうに関心が行っちゃっている(笑)。その作品は、既製品のホウキの先端に人のような白いパーツがついていて、そこがポイントになっていたんですけど、そう言いながらいかにしてホウキを立たせればそのホウキは成り立っているのか、作品たり得るかということのほうをより考え出してしまって、上についている白いパーツという作品の本来のポイントが逆に足枷になってきてるなって感じがあったんです。そういう予感がした時点から、当時の方向性は残っていたプランを全て作ることで終わらせていきました。それからは、いかにテープを自然に巻くかとか、そういう方向に行ってしまったんですよね(笑)。


■フラットな素材としての世界

―― 既製品を使うことにこだわりみたいなものはありますか?/p>

冨井 ないですね。日常品とかをことさらに意識して言う人もいるかもしれないけど、僕は自分でそう語った覚えもない。「身の回りのもの」とは言いますけどね。でも、鉄板にしたって工事現場に行けば普通にあるし、それだって身の回りのものだと僕は思っている。工事現場の横を通ったことのない人なんていないだろうし、鉄板の感触を知らない人間もいない。丸太だって、それを見たことない人なんていやしないでしょ。だから今よく使っている素材も、そうした彫刻でよく使われる素材と同じように捉えられれば、全てのものを使うことができる――、基本はそう考えているんです。ただ、身近にありすぎるものに関しては作品にできないんですよね。例えば手帳とかは、僕はすごい使っているから、素材以上のイメージが詰まってしまっていて作品にできない。それと同じレベルで、僕にとっては鉄板とか丸太とかは近すぎる素材なんですよ。やっぱり学生時代の6年間ぐらいずっと呪縛に囚われてた素材だから、変なイメージが染み付いちゃっていて。だから僕はそういう素材は使っていないというだけで、基本的には、世界にあるもの全部が素材というか、全てのものをフラットに見たいんです。

―― 美術のひとつの機能として物事の視点を変えるということがあると思いますが、冨井さんの作品には、そうした見る人の視点を変えるような狙いがあったりしますか?

冨井 そういうのはありません。結果的にこれをこうすれば変わるだろうなと思ってやってはいるけど。例えば、以前制作したハンマーを逆さに並べた作品にしてみても、僕の言いたいことは「ハンマーって立っちゃうんだよ。なんで立つかって言うと、下が重くて上が軽いからなんだよ。すごいでしょ」みたいなこと(笑)。普通、人はハンマーを逆にして使っていて、そのために合理的に作られているんだけど、ひっくり返すと立ってしまうという、僕が見せたいのはそこだけなんですよね。だけど、それが彫刻作品と見られてしまった時に、彫刻の原理とかに引っ張られすぎちゃって、ちょっと言いたいことからズレるところが出てくるのかなという気はしますね。

―― ただ、最終的に作品として見せる時の美しさみたいな部分にはすごくこだわっていますよね。

冨井 もちろん、それは視覚芸術だから。よく見えないとその先の反応が引っ張れないし。例えば、落語を聞いていても笑えなければその落語の中にある深さとかも伝わらない。それに、最初はわからなくても楽しければ何回も観に行くわけで、そうすることでもっと深く知りたくなる。それと同じことだと思うので、作品の初めの見え方みたいな部分はすごく大事にしています。


■彫刻?冨井作品?デザイン?

―― 冨井さんにとっては、長い時間をかけて自分の手を使ってひとつの物体を作るというより、作品のコンセプトを練る時間それ自体が制作の本質だったりするのでしょうか?

冨井 そうですね。普段、見たり考えたりしていることが重要で、それを毎日いかにコントロールするかっていうことが大事です。作品として出てくるタイミングなんて本当に突然やってきたりするから、作業している時に出てくるもの以外は信じられないなんて言ったら大変じゃないですか。僕は日々何かをコントロールしているつもりで、例えば寝てる時であっても、「あっ、いま一瞬考えた気がする。よし!」とかね(笑)

―― 普通に生活している時も、「これなんか使えそうだな」みたいなことを常に考えているんですか?

冨井 使えるというよりか、なんでこんな形してんの?とか、なんでこういうふうに人は使うのかな?とか、そういうことばっかり考えてますね。だから、作品的に考えると、すごい洗練されたデザインとかにはあんまり興味がないんですよ。もっと誰もが普通に使っているスタンダードなものの大きさとか尺とかに興味があるんです。

―― 工業デザイン的な視点でものを見ているということですか?

冨井 自分のしていることがデザインとは思わないけど、デザインの展覧会には混ざってみたい。いろいろな意味で自分の視点を確認できるし、僕のような仕事はデザインの中にあるほうが、変な話、展覧会的に役立つような気がする。

―― でも、彫刻ってなんなのだろう?というように、概念的に彫刻を考える際には冨井さんの話を聞きたいという人は多いでしょうね。

冨井 そうかもしれない。そう見られているのもわかる。だけど別にデザインのフィールドで展覧会をしても面白いと思うんですよ。要は作品であればいいんです。僕は作品というのは、ものすごく役に立たないようでいて、何かの役に立つための「布石」として実は役に立っているのではないかと思うんです。そういう幅の広さを持っているものが作品だと。

―― これまでの活動を振り返って見てみると、2005年ぐらいを境に冨井さんの作品のポップさみたいなものが際立ってきたような印象を受けます。色がすごくカラフルになったり、素材が本当に身近なものになったりとか。

冨井 だんだん自分の中でこなれてきたっていうのもあるのかな。2005年って全部で12本くらい、小さいのから大きいのまで、とにかく展覧会をやったんですよ。その全部で自分の中の命題を見つけてやろうという思いがあって、その時は鍛えられたと思います。

―― それぐらいから楽しそうにやってる感じがすごいする。肩の力が抜けて「できますよ」みたいな感じが伝わってくるというか。

冨井 その頃から、展覧会に対しての見方や自分の身の置き方も変わってきたんだと思います。前は、どこかから話が来て展覧会をやってというサイクルの中で、よりステップアップした場所で発表しなくてはという、変な焦りがあったかもしれない。それが、今みたいな仕事を自分の中で軌道に乗せていこうとしはじめた2005年くらいから、展覧会に作品を出す時には、そこでいかに自分が楽しむかとか貢献するかといったことを考えるようになったんです。そもそも、自分みたいな者を存続させてくれているフィールドがあること自体ありがたいし、そんな世の中って素晴らしいって思うようになってきて。僕の作品は、社会とはそんなに関係ないように見えるけど、自分という存在が居続けられるってこと自体が、社会に対してアーティストとしてアプローチしていることになるんじゃないかと感じています。そんなふうに思いはじめたら、「なんでも大丈夫だぞ」みたいな感じになったのかもしれません(笑)。

(3月3日、Art Center Ongoingにて収録)



冨井 大裕 Motohiro Tomii

略歴
1973年 新潟県に生まれる
1999年 武蔵野美術大学大学院造形研究科彫刻コース修了

主な個展
2008年 "身の回りのものによる色とかたち"/ 遊戯室(茨城)
2008年 "企画展=収蔵展"/ アーカス・スタジオ(茨城)
2007年 "みるための時間"/ 武蔵野美術大学美術資料図書館・民俗資料室ギャラリー(東京)
2007年 "αmプロジェクト ON THE TRAIL vol.2"/ art space kimura ASK?(東京)
2005年 "空白の作り方"/ U8 Projects(愛知)
2005年 "冨井大裕展"/ CAS (大阪)
2004年 "荷物 baggage"/ switch point (東京) ※同スペース ’05, ’06, ’07, ’08 開催
2003年 "世界の真上で"/ art & river bank(東京) ※同スペース ’07 開催
2000年 "あけすけ"/ モリスギャラリー(東京) ※同スペース ’02 開催
1999年 "ものかたち"/ なるせ美術座 (東京) ※同スペース ’02 開催
1998年 "周辺のカタチ"/ ギャラリー現 (東京) ※同スペース ’99, ’06, ’09 開催

主なグループ展
2008年 "BROKEN"/ TIME & STYLE MIDTOWN(東京)
2008年 "アートプログラム青梅 空気遠近法・青梅-U39"/ 青梅織物工業協同組合施設(東京)
2008年 "ニューバランス"/ gallery Archipelago(東京)
2007年 "ニュー・ヴィジョン・サイタマⅢ 7つの眼×7つの作法"/ 埼玉県立近代美術館(埼玉)
2006年 "基準の技術"/ KABEGIWA(東京)
2005年 "12 DIVERS AT THE MOUNTAIN GATE"/ 旧山口履物店(東京)
2005年 "芸術の山 第0合 発刊準備公開キャンプ 立体編その1"/ NADiff(東京)
2005年 "字界へー隘路のかたちー"/ 長久手町文化の家(愛知)

受賞
1999年 第4回アート公募2000審査員大賞受賞


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