2008.12.11 [木] - 2008.12.23 [火]
12:00-21:00 定休:月、火 ※23日(火・祝)はオープン
 今年の夏、生後6ヶ月の娘と二人で訪れたタムラサトル展でのこと。電車に長い間揺られてウトウトとしていた娘は、広い展示会場に足を踏み入れる頃には、私の胸の中で深い眠りに落ちていた。これで落ち着いて作品を観られると安心していた矢先、突如3匹のクマの彫刻が爆音を立てて後ろに進み出した。娘はビクッとして目を覚まし、何が起きたのかと一瞬凄い形相をしたが、数秒の後、後退するのを止めてゆっくりと前進しはじめた3匹のクマを認めると、キョトンとした表情になってじっとその様を見つめていた。同会場にあった頂上だけがゆっくりと滑る山や、バタバタと音をたてて回転する旗の作品などを前にし、私もそのときの娘と同じような表情でそれらをボーッと眺めたのだった。そして、そんな我々の後ろでは50個の電球が微かな音を立てながら点滅を繰り返していた。

 タムラサトルさんは、非常にきめ細かいお仕事をする方という印象が私にはある。作品の完成度はどれも素晴らしく高く、展示はいつもきっちりしているし、それだけでなく映像の編集や記録写真やポートフォリオの作り方、メールのやりとりにいたるまで、几帳面といってもよいほどにいい加減なところがない。今回のインタビューで、制作に着手する前にすでに頭の中に完璧な設計図ができているという秘話を聞き、なるほどと思った。タムラさんの作品には、余計な要素が少しも存在しないからだ。ノイズのない完成品。そう考えると、作家というよりも名工とか職人なんて言葉が連想されるが、あながちその呼び方も間違っていないぐらい、タムラさんの作品は工業製品のように完成度が高いのである。

 タムラサトルという名工によって生み出された機械たち。ただ、ここでふと足が止まるのは、機械とは普通、何かの目的を持って設計されるものだということ。移動する為の車だったり、通信する為の電話だったり、暗闇を照らす為の照明だったり。だがしかし、タムラサトルの機械たちが何の目的で設計されたのか、すぐには思い浮かばない。これではたして機械といえるのだろうか。

 明確な目的を持たないタムラサトルの機械たちは、自らの存在理由などおかまいなしに、ひたすら同じ動きを繰り返す。あるときは回転し、あるときは前進または後退し、あるときは切りのいい重さを表示し、あるときはまばゆい光を放つ。見るものが会場を後にしてもなお、運動を止めないタムラサトルの機械たち。その光景をじっくりと想像していたら、彼らが同じ動きを繰り返し生み出し続けているものが何か、急にわかった気がした。あ、そうか。タムラサトルの機械たちが絶え間なく生み出していたもの―それは果たして「芸術」なのであった。私と娘は、延々と芸術が生み出されるその現場を目撃して、ポカンとしてしまったのである。そのことに気づくと、タムラさんは名工というより、芸術なる劇薬製造機を開発しているマッドサイエンティストに近いのかもなあと、娘と二人、家路に向かう電車に揺られながら思ったりした。

Art Center Ongoing
代表 小川希


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12月13日(土) 19:00~
オープニング パーティー


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12月14日(日) 19:00~
トークイベント
あること ないこと いること いないこと
× 成相 肇( 府中市美術館 )
参加料:1,000円( ワンドリンク付き 、先着30名様) 


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12月20日(土) 19:00~
オレたちひょうきん族 の最終回 をみる夕べ Vol.2
参加費:無料


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12月21日(日) 19:00~
トークイベント
“くだらない”ということ
× 茂木 淳一 ( ナレーター/アーティスト )
× 真島 理一郎 ( 映像作家 )
参加費:1,000円( ワンドリンク付き、先着30名様)

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アーティスト・インタビュー
くだらない電源"をONにせよ!
タムラサトル
聞き手=小川希


■くだらなさを志向する

―――最初にタムラさんが大きな立体作品を手掛けたのはいつ頃ですか?

タムラ 大学3年の時に「電気を使った芸術装置を作りなさい」という課題があって、必要に迫られて否応なく、『スピン・クロコダイル』(1994年)を作った。その頃は電気なんて一切使ったことがなかったけど、とにかくやらないと単位がもらえないので、プラン発表の前日「とりあえず朝起きた時にやろうと思ったものにしよう」と思って寝て、起きてから「ワニでも回そうかな」と思いついてそれを口頭で発表した。でも言ってしまったからにはやらなくちゃいけないので、図鑑でクロコダイルの平均的な体長が5.5メートルくらいであることを調べて、モーター屋さんに行って「これぐらいのものをこういう材質で作って最速で回したらどれぐらいが可能ですかね?」と訊いて「2秒で1回転くらいかな」と言われて作ってみたのが最初。当初はモーターと軸が別のパーツだったりするようなひどいレベルのものだったんだけど、徐々にスキルが上がっていって今のかたちになった。だけど最初に『スピン・クロコダイル』が完成した時には、「これ面白いじゃん!」とひどく感激した記憶がある。当時はまだ大学3年生だったから、その面白さ=ワニが回る面白さだろうと思って、それからそのバリエーションで66作ぐらい作ってしまった。でもだんだんワニが回ることが面白いのではなく、回るワニがそこにあること自体が面白いんだということに気づきだして、連作して回るワニという意味自体を追っていくことは無意味だとわかってきた。だから6作目の頃はもう確信的に、これは違うんだけどひとまず最後までやっておこう、ぐらいの感じになっていたと思う。

―――どんなことを徐々に理解していったのか、もう少し具体的に教えてください。

タムラ 詩的な話をすると、回転しそうな構造を持った緑色のワニのはりぼてがそこにあるのだけれども、それが実際にグォンと回り始めた時に、その高速回転がワニに貼り付いている意味をポンと外したように見えた。なんで回ってんの?なんでワニなんだろう?なんでここにあるの?でもあるしな、どうしようかな……みたいな。それからクマや山などをモチーフにいろいろなスパンで制作をしてきたけれども、いずれにしろ、徐々に変わっていかないといけないと思っている。手垢が付き始めた頃、つまり作り続けることでどうしても何か貼り付いてくる頃には、もうこれはダメだ、やめておこう、と。展示等で(過去作品を)仕事としてやることはあるけど、制作としてはやらない。今回の『Point of Contact 3』にもすでにちょっとそういう段階に入ってきたところがあって、このシリーズはすごく大事にしたいしバリエーションを変えることでいろんな見せ方ができるから今回もチャレンジのひとつではあるんだけれども、今はすでに次にどういうのをやろうかなという頭になっている。そういう時期は、日常の中で「なんかあれおかしいな」と思っているようなことがヒントになるんだよね。昨日の夜、「あらびき団」という面白いんだか面白くないんだかわからないような飛ばし気味のお笑い番組を観ていたんだけれども、ああいうのにはかなり勇気づけられる。僕は、端から見ると面白いのか面白くないのかわからないぐらいのレベルの、メグちゃんとかパンダーズとか、要は周りが引くようなものが好き。「ほら面白いでしょ」とやられると引いちゃうタイプだから、どうしようかなあと困ってしまうような作品ができたら、僕としては心の中でガッツポーズしちゃうぐらいの会心の出来なんです(笑)。『Standing bears go back』(1998年)では、クマが身じろぎもせずにあの音とスピードで毛をバーッとさせながらスーッと下がって行くのを見て、自分が現実から離れて行くようなような感覚すらあったし、『Double Mountain』(2001年)も、とにかく山をどうしたらくだらなくできるか、台無しにできるかを考えた。「くだらない」ということには、「いいのかな、これ?」とか「どうしよう……」みたいな「関われない怖さ」もあると思う。僕の作品ではいつも、そういうニュアンスが前面に出ればいいなと思って目指している。


■プラモデルのように作る

―――作品に対して「で? これはなんなの?」みたいなことを言われたら、どうしますか?

タムラ 今は「それそれ!」って答えるけど、昔はそんなこと怖くて言えなかったので、いろいろ説明しようとしちゃって「ちょっとわかんないな」とか言われてた。「なんなの?」って言われた時に「俺はそれがやりたいんです」と言えていれば、僕ももうちょっと作家として出世したかもしれない(笑)。(自分の作品は)確かに間口が広すぎて、もう少し数が増えてからじゃないと理解してもらえないのではないかという思いは正直ある。電気を使った制作がいいのは、絵画や彫刻では思いっきり考えてやらなくてはいけないようなことも、機械の場合は指示通り動く安直さがあるところ。でも僕は「回ります」とか「バタバタ鳴ります」とかいうことを実行するために機械のテクニックを習得していっただけで、動かしたいからというよりは、動かしたほうが「くだらないループ」の中に入っていけるなという思いが強くあった。

―――くだらなさを増すために何が必要かを考えて制作しているわけですね。では、ビジョンとコンセプトではどちらから作品に入っていくのですか?

タムラ 始めから頭の中にすべてがある。クマなんかあのまんま頭の中にいたしね(笑)。とにかく僕の場合はまず完全にビジョンがあって、その実現に向かって理屈で作っていく。制作過程でもほぼ変更はない。最初にするドローイングというかメモというのは、端から見ればただの線書きなんだけど、それが書けた瞬間に「OK!」みたいな感じになっちゃう。大体いつもイメージが明瞭な時ほどいいものになるし、自分でもワクワクして作れる。

―――作りながら要修正みたいなことになることもなく、一直線なんですね。

タムラ そう。だから作り始めたらプラモデルと一緒。あんまり悩むこともない。悩み始めた場合はまた長いんだけどね(笑)。

―――完成したら違った、ということもないんですか?

タムラ あるけど、そういう場合はちょっと危険だなと思いながら作っていたりするから。

―――じゃあタムラ作品は発注して作ることも可能ですか?

タムラ 文句が言えれば。やっぱり他人がやったやつはなんか気に入らないんだよ。だけど本当に気心が知れた業者だったらOKかもしれないね。でも昔よりは「これだ」というところは薄くなってきている気がする。

―――それはどういう意味ですか?

タムラ 昔は「これは俺が作らなくてはいけない」みたいな使命感がすごくあったんだけど、今はそこまではない。それが怖いんだよ。 ―――「俺じゃなくてもいいのに」みたいな? タムラ 「これ俺がやるのかな?」とか思っちゃうことがある。でも途中まで行くと「いいんじゃない?」って感じになるんだけど。クマの時なんかは、実際に動くかどうかもわからないのに半年ぐらいかけてパーツを買い集めているような時期もあって、あとから振り返って「俺なんでこんなことやってたんだろう?」と思ったんだけど、あれは若さなんだろうね。実際にそのクマは今でも生き残っていて、たまに展示に呼ばれたりしているわけだから、なんか……怖いよね。


■美術にタブーはない

―――タムラさんの作品のモチーフは動物から機械の回路へとプリミティヴな方向に転換して行っていて、僕が面白いと思うのは、そういうふうに作品が展開して行くと頭でっかちで見た目がつまらなくなる場合が多いのに、タムラさんの作品はいつ見ても楽しいところなんです。そういう部分は自分でも意識していますか?

タムラ すっごい気にする。常に「何が面白いのか?」という自問自答はしているから。

―――くだらなさという面白さにこだわる理由はどこにあるんでしょう?

タムラ やっぱり 物だけで見たほうがリアルな気がするんだよね。いろんなものを背負わせてしまって見せるよりも、誤解を承知の上でも「これはこれだ」と言うほうが、僕にとってはリアルに感じる。

―――その裏にあるコンセプトは……みたいなのは、タムラさんにとってリアルではない?

タムラ そうだね。「これは××を象徴している」みたいなことを言われると、僕はどうしても「それは話、膨らまし過ぎだろう」としか思えないんだよね(笑)。

―――作品を深読みしたがる人もいると思いますが。

タムラ いるし、現代美術というのはそういう世界だとも思うんだけど、だったら俺はそうじゃないものを作りたいなと思っている。大学の教授の篠田守男さんと話していて、「現代美術にタブーはないんだからそれはそれでいい。そういう世界があると思った瞬間に、逆の世界があると思えばいいじゃない」と言われて、それはそうだと思った。だから言葉遊びみたいだけど、「そういうのは現代美術じゃない」と言われた瞬間に、自分の作品は現代美術になるんだなと思った。

―――タムラさんの作品に影響された若い人たちも出てきていると思うのですが、タムラさんの作品は一見コミカルなようでいて実は笑いに逃げたり物の存在感に逃げたりしない、もっとクールで突き放すようなところがある。それも狙いのひとつだったりするんでしょうか?

タムラ 笑いの質にもいろいろあるから。僕の場合は「おもしろいですよお」というのではなく、空回りして行ってどうしようもなくなって笑うしかない、みたいな感じなのかな。「笑い」というのは僕の作品のキーワードのひとつかもしれないけど、メインではないかもしれないね。

―――頭の中の完璧なプランを追って行くような今のスタンスで制作を続けていけば、「もうこれで最強、完璧、おしまい!」みたいな、タムラ作品の完成形ができる日が来るんですかね?

タムラ そういう達成感はいつもあるよ。展覧会の時はだいたい設置が終わると「オレ最高!」みたいな気分になってるから。言わないけど(笑)。でもそれも1週間か2週間以上は続かなくて、徐々に粗が見えたり疑問が出てきたりする。

―――いくら完璧な設計図が頭の中にあっても、やっぱり実際に作品の現物が現れるとゾクゾクするような快感があるでしょう?

 そういうのはあるかもしれない。基本的に初めて作る作品は、どんなに動き方がわかっていても、やっぱり電源入れる時に震えるもんね(笑)。それが忘れられないから作り続けているのかもしれない。だけど平面のような動かない作品をやった時にそういう感覚がどうなるのかにも興味があるし、動きに頼らなくても何かしらできるのではないかとも思っているんだけど。

(2008年10月16日、Art Center Ongoingにて収録)


タムラ サトル Satoru Tamura

略歴 
1972年 "栃木県生まれ
1995年 筑波大学芸術専門学群総合造形卒業

主な個展
2008年 プラザノース ノースギャラリー(埼玉)
2007年 TAKURO SOMEYA contemporary art(千葉)
2006年 Gallery Q(東京)
2004年 FADs art space(東京)
2001年 Gallery ART SOKO(東京)
1998年 現代美術製作所(東京)

主な出展歴
2008年  "リバプールビエンナーレ 2008 , "Pop Up" exhibition By Jump Ship Rat" / Huskisson Monument, St James' Gardens(Liverpool, U.K.)
2007年  "No Tatami Spot" / 国立シャイヨ劇場(Paris, France)
2006年  "JAPANESE ART WILL ENTERTAIN YOU !!" / Donna Beam Fine Art Gallery(Las Vegas, U.S.A.)
2006年  "The Arts of Passat-ism New Passat Meets Contemporary Art in Marunouchi 2006" / 丸ビル他(東京)
2005年  "世界の呼吸法 アートの呼吸・呼吸のアート" / 川村記念美術館/佐倉市立美術館(千葉)
2005年  "ピクチャー・イン・モーション DeLuxe " / 栃木県立美術館(栃木)
2005年  "超(メタ)ヴィジュアル  映像・知覚の未来学 " / 東京都写真美術館(東京)、アンギャンレバンアートセンター(Enghien-Les-Bains, France)巡回
2005年  "第8回岡本太郎記念現代芸術大賞展" / 川崎市岡本太郎美術館(神奈川)
2004年  "Ongoing vol.03" / 豊島区立旧朝日中学校(東京)
2003年  "First Steps : Emerging Artists from Japan" / P.S.1 Contemporary Art Center(New York, U.S.A.)
2003年  "Moving Japanese" / Kulturhuset(Stockholm, Sweden)
2003年  "I AM A CURATOR" / Chisenhale Gallery(London, U.K.)
2002年  "ニュー・メディア ニュー・フェイス02" / NTT InterCommunication Center [ICC](東京)
2002年  "PHILIP MORRIS K.K. ART AWARD 2002 : THE FIRST MOVE" P.S.1 Art Award / 東京国際フォーラム(東京)
2001年  "共存 Kyozon" / カムループス市立美術館(Kamloops, B.C., Canada
1999年  "KIRIN CONTEMPORARY AWARD 1999" / キリンビール新川本社ビル(東京)、キリンプラザ大阪(大阪)